ずるくて、弱い まるで拒むように、テーブルを挟んだ向かい側に座った承太郎を露伴が訝しげに見ている。 数日前までは手を伸ばさなくても触れられる、すぐ隣に座って話をしていた。こんなふうに急に態度を変えられて、素直に納得するような男ではない。気に入らなければ不愉快 を隠さずに口に出してくる。控えめで従順という言葉とは程遠い、厄介な性格をしているのだから。 「今日は冷たいんですね」 「気のせいだろう」 「そうですか?」 声や表情からは明らかに、承太郎の言葉を信じていないことが読み取れる。正面から突き刺さってくる視線は痛いほどで、逃れられない。 真剣に考えた結果、もう露伴を抱かないと決めた。唇を重ねたり触れ合ったり、気が付くと後戻りできない深い関係になっていた。いつかは、この国から離れて家族の元に 帰らなければならない。今までも仕事が忙しく、妻や娘に対して充分に役目を果たせていなかった。そんな状況の中でこうして日本に滞在することになり、電話でしか会話ができていない。 しかも最近は部屋に露伴がいる機会が多く、落ち着いて話せる雰囲気ではなかった。 決して彼を邪魔に思っているわけではなく、それどころか間近で触れられる存在のほうに心が偏り始めていたのだ。 だから電話で何を言われても集中できていない。時々上の空になることを咎められては、ますます不安定になる。悪循環だった。 近くで妻との会話を聞いていたはずの露伴は、何も文句を言ってこない。電話を切った後に触れた彼の肌が、恐ろしいほど心地良く感じた。 そろそろ終わりにしなければならない。そう決意して今日、露伴の家を訪れた。 露伴は何も言わずにソファから立ち上がり、承太郎の隣に腰掛ける。 「このままじゃダメだって、分かったんでしょう?」 「……」 「長くは続かないって覚悟してたし、ぼくはみっともなく縋るつもりもありません。あなたには大切にしなきゃいけない人達がいるんだから」 そう言いながら露伴は、そっと承太郎の肩にもたれかかる。馴染んだ気配も香りも近くなると、胸がざわめく。身体の隅々にまで、警告が鳴り響いた。 距離を置いて座った承太郎が何を言いたかったのか、もう読まれていた。 「今まであまり言わなかったけど、結構本気でした。好きになってはいけない人なのに……自分が思っていたほど、ぼくは強くないのかも」 こちらからはっきりと終わりを告げる前に、露伴は過去形を使いながら気持ちを整理し始めている。承太郎よりも先に、この関係に終止符を打とうとしているのか。プライドの 高い彼なら、振られるよりも自分から振って終わりにするほうを選ぶだろう。 状況は望んでいた方向へと進んでいるのに、何故か生まれた苦しさは時間が経つにつれて大きくなる。 「ぼくのことは忘れて、これからは家族を大事にし……」 言い終わるのを待たずに、承太郎は露伴の唇を塞いだ。もう二度とするつもりのなかったキスで、全てが崩れた。目蓋を下ろした露伴を見て、こちらも同じように視界を閉ざす。 向き合わなくてはいけない現実から、逃げてしまった。 唇を離した後、承太郎は息をつくと腕時計を外す。高校生の頃から愛用している、年代物のタグホイヤーだ。小さな音を立てながらそれをテーブルに置く承太郎を、露伴は 驚いた顔で見つめていた。 「弱いのは、おれのほうだ」 「……承太郎さん」 「終わらせるために来たんだがな、やっぱり上手くいかねえ」 露伴の肩を抱き寄せ、もう一度キスをした。今度は重ねるだけではなく、舌を絡めて深く求める。結局、前に進めなかった自分は愚かだ。 |