うそつきの純情 家の前まで送ってくれるなんて、ずいぶんマメなんだなと思った。 帰り道は途中で別れるので、まさかここまで一緒に居ることになるとは考えていなかったので意外だ。 「今日はありがとうございました、ずっと付き合わせてしまってすみません」 「いや、俺も楽しめた。気にするな」 ドアを背に立つ僕に、承太郎さんはいつも通りの調子で応える。 朝から夕方過ぎまで、取材のために隣町まで行っていた。本当は僕ひとりで行く予定だったが、昨日の電話で承太郎さんと話をしているうちに、急に会いたくなってしまって 彼を誘った。声だけでは足りなかったのかもしれない。 取材を終えた後はふたりで食事をして、ついでに原稿用のインクなどを買いに行ったりして、本来の目的よりもそちらのほうがメインだったかもと感じるほど印象深かった。 承太郎さんからの告白を受け入れて以来、やましいことは何もしていない。肩を抱かれたりはしたが、それはかなり前でしかも告白される前だ。 少しは進展があってもいい気もする。しかしお互いに男同士なので、向こうが何もしないなら僕から積極的になってもおかしくはない。欲しいものをひたすら待つだけ、という ような奥ゆかしい性格ではないのだ。もたもたしているうちに、承太郎さんはアメリカに帰ってしまう。去っていく後ろ姿を情けなく眺めるだけの結末は御免だ。 僕は承太郎さんに近付いて背伸びをすると、唇を軽く重ねるだけのキスをした。 誰が見ているか分からないような場所で、我ながら大胆だ。外で堂々と手を繋いでべたべたしてる男女のカップルを、何組も見て感じた苛立ちも含まれてしたかもしれない。 僕達はただ、隣に並んで歩くしかできないのに。 驚いた顔のまま何も言わない承太郎さんから離れる。これが僕達の、初めてのキスだった。 「急に、したくなってしまったので。嫌だったら謝ります」 本当は、キスだけでは足りない。このまま家に招き入れて、ふたりきりになって、外ではできなかったことを色々したい。そんな願望を抱えながらも、妙に心臓が落ち着かない せいで言葉が出てこない。 沈黙が流れる中、やっぱり今日はだめだという予感がした。また今度会った時にでもじっくり距離を詰めて行こう。 「それじゃ、今日はこれで」 そう言って頭を下げようとした時、腕を強く掴まれた。そして今度は、承太郎さんのほうから僕にキスをしてきた。さっきのものとは違う、舌が入り込んでくる深く濡れたものだった。 上手く呼吸ができなくなった頃に解放されたが、僕は承太郎さんにしがみついてしまう。まともに立つことができずに、身体を密着させたまま呼吸を整えようとする。 そうしているとますます気持ちが乱れて、今更ながら逆効果だと気付いた。 「人を散々煽っておいて、自分はさっさと逃げるのか」 「僕のキスって、そんなに激しくなかったと思うんですけど」 「それだけじゃねえよ」 大きな手が、僕の背中に触れて抱き締められる。まずい、と思った時にはもう遅かった。 簡単には浮かび上がれなくなるほど、この温もりに溺れてしまう。 「歩き疲れたな。あんたの家で、休ませてくれないか」 「えっ……」 「それとも、これから仕事か」 「……今日は、シャワーを浴びて寝るだけです」 正直に言ってから僕は、これから仕事だと嘘をついたほうが賢かったかもしれないと後悔した。もし、こんなに乱れた気持ちのままで、家でふたりきりになってしまったら。 できることなら僕は、自分が主導権を握れるような雰囲気に持っていきたかったのだ。流されて好き放題されるのは避けたい。 「長居はしねえ、少しだけだ」 言葉は謙虚だが、耳元で囁かれると拒めなくなる。 台所でグラスをふたつ並べて冷蔵庫から飲み物を出そうとした時、背後から伸ばされた腕に抱かれて動けなくなった。 「何ですか、いきなり」 「あんたの背中を見ていたら、その気になってきた」 歩き疲れたから休みたい、と言ったのはどこの誰だったのか。こんな状況を許している僕もおかしいとは思うが、今になってやめてくれとは言えない雰囲気になっていた。 ドアの前でされた深いキスの余韻がまだ冷めずに残っているせいか、こうしているだけで僕の身体は熱くなる。流されたくないと思っていたのに。 「もし僕があなたにキスしなかったら、あのままホテルに帰っていたんでしょう?」 「そうだな、あんたのおかげできっかけが掴めた」 「ずっと、こうしたかったんですか……」 承太郎さんは僕の首筋に唇を押し当て、強く吸った。その感覚に、頬もしびれるように熱を持ち始めたのが分かる。そこに承太郎さんが付けた痕ができているかもしれないと 考えると、胸の鼓動が恐ろしいほど速くなっていく。 何も答えないのはずるい。この調子だと、最後まで承太郎さんの思い通りにされてしまう。 僕が他人に負けるなんて想像したくない。まともに動けずにされるがままになっている僕は、きっと経験値の低い奴として扱われている。屈辱だ。 「……言い忘れてましたけど、僕は経験豊富なんですよ」 堪え切れずにそう言うと、服の上から僕の胸元に触れていた承太郎さんの動きが止まった。 「気持ちいいこと大好きなので、今まで女だけじゃなくて男とも深い関係になっていまして。人数なんて覚えてないですね、年上から年下までもう……多すぎて」 「本当か、それは」 「僕は子供じゃありませんから。もしかして、あなたが初めてだとでも思っていましたか」 よく、こんな嘘が延々と口から出てくるものだ。経験した人数なんて多すぎて覚えていないどころか、この身体に触れたのもキスしたのも承太郎さんだけだが、そんな純情ぶった ことを言えばますます振り回されてダメになる。 「だから僕、普通に抱かれるだけじゃ物足りない身体なんです。あなたは、僕を満足させられる自信ありますか?」 腕の力が緩んだので、僕はちらりと後ろを振り返る。すると背後に居る承太郎さんは、少しも目を逸らさずに僕をじっと見ていた。視線を合わせていると、嘘を見抜かれて しまいそうだ。 「あんたの、そっちの経験は今初めて知ったが……意外にもお盛んみてえだな」 「むしろ僕の性癖で、あなたが引いてしまいそうで心配ですよ。ははっ……」 「いいじゃねえか、こっちも遠慮なく楽しめそうだ」 「ここだと何ですし、寝室に連れて行ってくれたらサービスしますよ。色々ね」 「そうか、期待してるぜ」 もはや後に引けない状況になってしまったが、最後まで嘘をつき続けるしかない。 僕らしくもなく緊張と不安に満たされながら、承太郎さんに肩を抱かれて2階にある寝室に向かう。 今更、自分が間違っていたとは思いたくない。絶対に。 |