Just a real love night





 そういうつもりで待ち合わせをした。多分彼も分かっているだろう。
 改札を出てすぐの壁に寄りかかり、腕組みをする。周囲には、きりの良い時間だからか、露伴と似たような状況の人々がちらほらいる。少しずつ、相手を見つけていなくなるのに焦った。時計を見下ろすと指定の時刻まで1分、忙しないが彼は遅刻をしない男、そろそろ来るはずだ。
「待たせたか」
 声は予想外に、背後からかけられた。
「そっちにいたんですか」
 何を買ったのかは知らないが、振り替えると駅ビルの地下食品街のショッパーをぶら下げた承太郎が立っている。
「別に待ってはいないですけど」
「ならよかった」
 少しそわそわしながら駅を出た。普段なら何か会話がある筈だが、承太郎は何も話さない。ただ、どこに行くと決めていたわけではないのに足取りはたしかだ。差し出されるティッシュを無視し、人混みを抜ける。派手な看板で彩られた大通りから外れて、街の裏側へ。行き先は隠れ家的なバーなのか、それとも。
「承太郎さん」
 気をまぎらわせようと、露伴は声をあげた。
「何買ったんですか?」
「……弁当」
 予想外の答えに露伴は目を見開く。
「弁当?」
「あんたと食おうと思って。今日は外を出歩かないつもりだったからな」
 沈黙している露伴に、承太郎は少し気まずげな表情を見せた。
「おれは勘違いしているか? 勘違いなら忘れてくれ……いや、違うな」
 ひとつ咳払いをし、深い緑の瞳がこちらへ動く。
「無責任なことを言うと、あんたが好きなんだ。抱かせてくれないか」
「……」
 ストレートな言葉に、露伴は思わず頬に手を当てた。鼓動のスピードが跳ね上がって欲情する。台詞の内容とは裏腹のうわずった声が出る。
「いいですよ。今日は、あなたに全部任せてみたいって思ってたから」
「そうか」
 ぐいと手を引き寄せられ、さらに街の深部に潜り込む。周囲に立ち並ぶビルの、照明の質が変わった。ピンク、橙、紫。流行り歌のエンドレステープはもう聞こえない。夜の街は誘うように、こちらを見つめている。
「ここに、しようか」
 決め手になるのは清潔感のある外装だ。値段が書かれた看板は見ない。
 承太郎の後ろ姿を眺めながら、露伴は宙を仰ぐ。期待を裏切らない、奇跡の様なシチュエーションに、幸せでとろけそうだった。これまで、こういうことは自分と違う世界の人間がするものだと思って居たから、尚更挙動がおかしくなる。成程これが恋、彼と出会って初めて分かった。
 しかし口には出さないが、これは最初で最後の逢瀬なのだ。
 明後日、承太郎が帰っておしまい。だから今夜は、彼と永遠に残る何かを作っておきたい。明日の朝も、このままの気分でいられるような何かを。




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