催涙雨





微かな息遣い、滑らかで温かい皮膚の感触。
シーツと皮膚が擦れる感触さえ心地良く、眠り続ける事さえ憚られた。

「・・・ンッ、・・・・」

無意識と言う名の大海をたゆたっていた俺の意識はふとした拍子に浮上した。
特に理由があると言う訳でもなく、偶々目が覚めたみたいだ。
ぼんやりとする視界・・・・
何度か瞬きをしてクリアにしようと試みると、突然声を掛けられた。

「・・・起きたのか・・?」

少し掠れた声でそう問われ、俺はその声の主へ視線を走らせる。
誰だろう?なんて思う程ボケて無い積もりだ、つーか思い当たる人間なんて一人しかいない。
お互い裸でベッドの中に包まってるなんて、コイツ以外あり得ない。
日に焼けていない白い肌は外から漏れる雨の乱反射で一層白く見える。
その肌に情事の名残は見えないが、その癖薄皮の唇はまだ腫れぼったく、熟れた様に紅いのだから・・・堪らない。

「・・・・なぁ、露伴、」

俺は隣で、同じく生まれたままの姿で横になっている恋人に擦り寄った。
目覚めて間無しで何だが、また、エッチをしたくなった。

「止めとけよ、ガキは寝とく時間だぜ?」

擦り寄られる事には抵抗しなかったが、俺の意図に気が付いた露伴は言葉で遮る。
かといってその声色や様子に冷たさは無い。寧ろ微かな甘ささえ帯びていた。
露伴は俺が回そうとしていた腕をやんわりと解き、俺の乱れた髪を愉悦そうに長い指で絡める。
不快感は無かった。
普段は髪に触られるのが好きではないけれど、こういう時は別物だ。
それを知ったのは最近だが・・・。

「俺は、ガキじゃねぇッスよ・・・・」

何と無く相手の掌で弄ばれている気がして面白くない。
俺は小さく頬を膨らませ、上目遣いで軽く相手を睨んだ。勿論じゃれつく程度にだが。
クス・・・紅い唇が弧を描く。
此方が態と甘噛みする様な態度に出ている事を笑っているのだ。
こういう瞬間を、何か、凄ぇ良いなって思う・・・




「仗助、今日は何の日か知ってるか?」

徐に尋ねられた。
俺は彼の表情から視線を外し、サイドボードの時計を見る。
日付が変わってる・・・じゃあもう、7月7日か。

「七夕ッスか?」

もう一度彼に視線を戻すと、矢張り熟れた唇は小さく笑っていた。
エッチな唇だな・・・

「全く、お前って奴は風流も解せないってのか、エロガキ・・」

露伴は呆れた様に眉を顰めて不埒な事を考える俺を非難する。
そんな事言ったって仕方ねぇじゃんか、アンタのやらしい唇が悪いんだからよ。
どうせ俺はエロガキッスよ。
ムッとした表情を作ると露伴は益々呆れたように溜息まで付いた。

「・・・フンッ、織姫と彦星の話ぐらいは知ってるか?」

クソっ・・・今絶対俺の事馬鹿にしたな・・!
俺は日本人ならその殆どが知っているだろう七夕伝説の事を聞かれ、本当にムッとなり掛けた。
しかし俺は文句を言わなかった。・・言えなかった。
サラ・・・俺の髪を弄る指。
その動きの柔らかさに、俺は結局怒れない。

「お互いが一目惚れして、夫婦になったは良いけど、ソレで働かなくなって神さんに怒られちまってよ、一年に一回しか会えなくなっちまう話だろ?」

質問に答える。
せめて口調位ぶっきら棒に言ってやろうと努めながら。

「フンッ、まあ情緒には殊更欠けるが間違っては無いな。
加えて言うならば、その一年一度の逢瀬の日に雨が降ると天の川の水かさが増し、織姫は渡ることができず彦星も彼女に会うことができない。
また、この日に降る雨は催涙雨と呼ばれる。」

「催涙雨?」

聞いた事の無い単語に目を丸くすると、また笑われた。
でもやっぱり怒れない。
笑いながら俺の髪を掬う露伴の指は気持ち良過ぎるから。

「織姫と彦星が流す涙、らしいぜ。」

雨が降って会えないから泣くのか、泣くから雨が降って会えないのか分かったもんじゃないがな。
”催涙雨“という単語に小さくいちゃもん。露伴らしい。
確かに、七夕に降る雨を織姫と彦星が流す涙と言うなら、二人が泣かなければ雨なんて降らない。
でも昔の人の付けた名前に今更どうこう言っても仕方が無い。
そして会えなくなるのに、それでも泣いてしまう事も仕方の無い様な気がした。

「何かそれ、可哀想ッスね・・・」

「唯の物語だ。」

自分から言った癖に、湿っぽい話になると直ぐぶった切ろうとする。
何時もなら合わせて俺も”そうッスね”とか何とか言って幕を下ろすのだが・・・何と無く、終わらせようとは思わなかった。
何と無く不安だったからなのか、分からない。
唯複雑な心境と違って、言葉は意外と素直に出てきた。

「なぁ・・露伴、もし俺達が一年で一度しか会えなくなったら、
・・・織姫と彦星みたいになっちまったらどうする?
しかも一年に一回こっきりなのに会えない年があったりしたら・・・露伴は泣く?」

”催涙雨みたいに、”
最後のはきっと相手には聞こえなかっただろう、それ位の囁きだった。
自分でも驚く程不安定な声色で。
なんだ、自分は結構この関係を不安に思っているのだなと改めて確信した。
許された結婚の筈なのに引き離された二人、じゃあ、結婚も許されない関係はどうなるんだ?
もし社会とか、世界とか大きなものが俺達の関係を拒否したとして、
それでも露伴は俺を好きでいてくれるだろうか?・・・会えない事を泣いてくれるだろうか?
時にすればほんの2・3秒だったろうか、紅い唇が開くのに有した時間は。

「泣かないな。」

考えたのか疑いたくなるほど、あっさりとしている。
ま、確かに露伴ならそうだろうな・・・。
こんな答えも予想はしていた、唯期待に反していただけで。
・・・・・。
軽口位叩くべきなんだろうなと思ってはいるものの、口は案外重くて。
いよいよ伏し目がちになった俺の耳に、クスリ・・・また、掠れた笑い声。
何故笑っているのか分からなくて伏せた眼を彼に戻すと、彼は少し困った様な笑みを浮かべていた。
”誤解するなよ、“髪を梳かれる。

「僕なら、泣く暇があったら手立てを講じるさ。」

「人間ってのは立ち止まったら泣いちまうんだ。
だからもしそうなったら、お前も死に物狂いで向かって来い。
お互い相手に向かって歩いて行きゃあ泣く暇なんてない、そうだろう?」

”だから催涙雨なんてのはないのさ。”
サラサラ・・・髪を何度も梳かれながら、まるで当たり前の事の様に言われた。
当たり前にしてしまえたらもうこれ以上無い様な事を。
・・・ああ、もう本当、この垂らしめ・・!
何時もは好きとか全然言ってくれない癖に、酷い事ばっかり言う癖に。
偶にこうやって蜜みたいに甘い言葉を平然と言うから、アンタは酷い奴なんだよ。
俺、アンタに振られても絶対地の底まで追い掛けてやるからな、泣く暇なんて無い位に。



「・・・・なぁ、露伴、」

今、凄ぇエッチしたい・・・。
俺は露伴の細い脚に自分の足を絡め、自らの立ち上がり掛けた性器を彼の骨盤に擦り付けようとする。
こういう露骨な、見方によっちゃあかなり卑猥な誘い方が露伴は結構好きだ。
罵声を浴びせられるけど、その後の機嫌の良さで分かる。
意外と喜ばれるのだが・・・・
パシッ!
布団越しに太股を叩かれて静止させられた。
無理だったか・・。

「サカる暇があったら寝ろ、明日学校なのは何処のどいつだ?」

「ちぇっ・・・」

俺が唇を尖らせて不平を洩らすとぎろりと睨まれた。
・・・おずおずと布団の中に潜り込む。
まあ、いいか・・。
織姫や彦星みたいに一年に一回じゃねぇんだし・・また明日も露伴と一緒にいれるしよ。
この先もずっと、一緒にいような。
”だから催涙雨なんてのはないのさ。”だよな、露伴・・・。




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