塩梅加減 平日昼前のこの時間、岸辺露伴はつい先日立ったばかりの輸入雑貨も扱う大型スーパーへ足を運んでいた。 珍しいと思う人もいるだろう、普段の露伴ならこういった場所へ出かける事は殆ど無い。 基本的に食料品の類は卸売市場からの郵送という形を取っている為だ、そうすれば欲しいのものは確実に手に入るし、店員との(必要最低限の)会話やレジ待ちなど煩わしい事に時間を割かずに済むからである。 しかも卸売市場は海外への輸出入をしている場合も多く、同時に海外製品を手に入れるのにも便利なのだ。 それ故、頻繁に利用していたのだがある問題が発生した。 備蓄していた食品の一つが切れて仕舞ったのだ。勿論在庫を確かめない程迂闊では無い、切れる前に補充分を郵送するように手配しようとしていたのだ。 しかし年末年始のこの時期、海外製品の取り寄せには酷く時間が掛かる。 かと言って一度作ろうと思ったものを変えるのも変えるのも露伴の性格上無理があった。 結果、露伴はこうして買い物に出かけているのである。 そして、彼が輸入雑貨のブースに目的物を見付け、踵を返そうとしていたその時だった。 「ア〜ッ!!露っ伴くぅ〜〜んっ!!」 突然、しかもかなりなれなれしい口調で名前を呼ばれて露伴が振り向くと、そこには豊かな体躯と精悍な顔を持った青年が笑みを浮かべて立っている。 「…ッ!ジョースターさん?」 もし此処で彼の知り合いが通り掛かったなら殊に二つの理由で驚いた事だろう。 まず平常の露伴であればなれなれしい他者の態度に眉を顰めてあからさまに嫌うからである。 しかも自分より年下のソレには特に。 親友と言って憚らない康一は例外なのかも知れないが。 若しくは康一と同じく尊敬に値すると露伴が認めた人物位だろうか…? しかし目の前の、人目を惹き付ける容姿の青年は康一と似たタイプにはどうも見えないのである。 思わず露伴の対応に目を疑いたくなるだろう。 そしてもう一つは露伴の発した言葉である。 露伴は青年の事を“ジョースターさん“と呼んだ。 今の所露伴がそう呼ぶ人物は杜王町には唯1人しかいない。 もしかしたらそのジョースターさんの親族の類なのかも知れないが、例えそうであっても…いや、特に露伴の様な偏屈な性格ならば言いはしないだろう。 尊敬に値する人物と同じ様に“ジョースターさん“とは…。 だが、それをどうやら露伴は年下の筈の青年に使っているのだ。 目だけでなく仕舞いには耳まで疑いたくなる。 しかし2人の間でその様な違和感は感じない様で、“ジョースターさん“と言われた青年は人好きする笑みを浮かべながら、もぅ〜と大きく肩を竦めた。 「そろそろジョースターさんって言い方卒業して欲しいなぁ〜。次からはさ、ジョセフって言ってよ!所で露伴君、ココ良く来るの?」 人差し指を左右に振って軽くおふざけで相手の言い方を咎める青年。 普通の人間がこんな事を岸辺露伴にしたらその一秒後には不機嫌満開の顔でヘブンズドアーをされている筈だ。その後はもう二度とやるまいと心に誓うような結果になる事は目に見えている。…若しかしたら誓う、などと先のある結果にすらならないかもしれないが。 しかし露伴は青年の行動に不快さを示す表情にはならなかった。 少なくともこの行動から彼の中でこの青年はこれほど馴れ馴れしくされても許せる相手…近くに来られても拒めない、若しくはもっと親密になる事を望んでいる相手、という事になる。 それもその筈なのだ。 この“ジョースターさん“と呼ばれた青年は正しく露伴が尊敬に値すると認めたジョセフ・ジョースターその人なのだから。 如何してもう80手前という老体が青年と表現して差し支えない若々しい肉体に変化したのか、そして性格まですっかり若い頃のものに戻って仕舞うのか、それは定かでもない。勿論、露伴にも。 しかもこのジョセフ、老人に戻ると若くなっていた時の記憶はすっかり無くなる癖、若い時は老体時の記憶も、以前若くなった時の記憶もその総てを持っていると言う非常に奇怪で遣り辛い精神構造(?)なのだ。 何者かのスタンド攻撃かとそちらを気にせなければならない半面、精気のあり余った若い体と精神を持ったジョセフが勝手に一人で動き回る事にも気を配らなければならない。 こう言った複雑な事情は余り口外したいと思わないのは心情だろう…ジョセフ本人は全く気にしていないようだが。 とは言え、その事実を知る者は親族である承太郎・仗助と、そしてスタンド能力の特性と偶然から知った露伴の3人のみである。 従って今の所ジョセフ自身が口外しなければ広まる可能性はない。 そして話は戻るがこの目の前の青年がジョセフ・ジョースターだと認識している露伴が礼を欠く事はないのである。 ジョセフなどと呼び捨てに出来る筈ない、…カッとなったら口が滑る可能性はあるかも知れないが、基本的に言う積もりはない。 それにあのスカタンも自棄に五月蝿いしな…。 「…いえ、基本的に買い物自体をしないんですが、今回は取り寄せに時間が掛かる分があったので。」 露伴は考えた末、前半のジョセフの言葉には触れず、後半の質問のみ応えた。 白い手で持っていた瓶のラベルを、見える様にジョセフへと向ける。 イタリア語で書かれたソレはブラックオリーブの実の塩水漬けだった。 現地では一般家庭でも広く使われているオリーブの瓶詰に、エメラルド色の瞳は嬉しそうに輝く。 「知ってるぜ、ソレ!旨いよねぇ〜! ちょっと塩っ辛くてさ、何にでも合うんだよ、単品でもイケちゃうし! ねぇ露伴君これ使って何作るの?どうせならさ、俺の為にそのオリーブと愛情たぁ〜っぷりのピザ、作ってくんない?」 ”特盛りでお願いねぇ〜んっ!”と軽快な笑みで笑うジョセフ。 その軽々しい口調だから許されるのであろうが、余り聞こえの良い会話では無い…と露伴は思った。 とは言え意識しているのは此方だけなのかも知れないが…そう考えると微かに不愉快になるのは何故だろうか。 「愛情って…、それにしてもピザお好きだったんですね、知りませんでした。」 話題を変えた方が得策だろうと踏んだのだろう。 露伴はジョセフの言葉の中にあった単語のみを引き摺り出して、会話を続ける。 過去にフライドチキンとチューイングガムが好物であるのは聞いた事があるがピザは聞かなかった。 そう言った興味もあったにはあっただろうが、端的に言うと答えをはぐらかしたのだ。 自分の言葉を何度もはぐらかす細い横顔を如何思ったか、ジョセフは太い眉を片方だけ器用に上げて、しかしそれについては言及せず、小さく肩を竦めて苦笑した。 「そりゃ大好物はフライドチキンよ?後チューイングガムも! でもピザも好きなんだよねぇ〜。 俺昔イタリアいた頃には毎日ピザ食べてたんだぜ、何処に行ってもあるからさぁ。 でもさ〜、街中で食べ歩き用にピザ売ってるのって初めなんか変な感じだったんだよな、四角いし。」 「あぁ、アル・タッリョですか。確かにアメリカピザに慣れてる方には違和感があったでしょうね。」 成程と一見冷たげな横顔はその印象を随分和らげて頷く。 アル・タッリョ(ピッツァ・アル・タッリョ)とはイタリアで切り売り又は計り売りのピザの事で、街角の至る場所に見られ、気軽なファストフードとして現地の人に食べられている。加えて切り売りという形式から四角い。 勿論アメリカにも四角いピザと言うものは存在しているが、基本的に売られているものはラウンド型で、尚且つ余り食べ歩きと言う習慣はない。どちらかと言うと宅配されるピザの方が一般的である。 露伴はイギリス人ではあるがアメリカの生活に慣れていただろうジョセフのカルチャーショックを思い、可笑しみさえ込み上げて来た。 ”とは言え貴方は元々イギリス人ですけどね。”と露伴は笑った。 「露伴君ホント良く知ってるね、そう言えばイタリア何度も行った事あるんだっけ?」 「ええ、よく。ヨーロッパでも特に好きな国ですよ、イタリアは。」 青年ジョセフは以前露伴が老人の自分に話していた取材の話を持ち掛けた。 彼はその、青年には話していない筈の事実を含む言葉に長い睫毛を小さく揺らしたが、それ以上の反応はせずに言葉を紡いだ。 イタリアはギリシャ時代から都市国家が設立しており、一大国家として有名なローマ帝国を築いた事から歴史的建造物や時代時代の芸術物が多く、ソレを鑑賞しに行くだけでも十分な価値がある。加えて闇の社会の歴史も根深い、漫画家としてこれ程刺激的な国も珍しいと彼は取材の度思うのだ。 また服飾・装飾産業の発展も目覚ましく、そう言う点でも露伴は気に入っていた。(因みにグッチが好きらしい?) 露伴の紅い口元に笑みを浮かべながら話す様子にジョセフは興味津々と言った様子で乗って来る。 「へえぇ〜〜っ!じゃあさ、露伴君!今度俺と二人でイタリア行こうよ〜デートしよ!デ・ェ・ト!」 にっこりと人好きのする笑みを浮かべて”デ・ェ・ト”ともう一度唇を強調させて念押す。 その瞬間…、 黒紫色の瞳が酷く淡い色になった事に気が付いただろうか。 しかしどちらも気が付かなかった様だ、露伴は憮然とした表情になった。 「結構です。」 「エエ〜〜〜ッッ!何でぇ〜〜っ!?」 まさかこれほどきっぱり間髪入れずに断られるとは思わなかったのだろう。 ジョセフはふざけた口調ではあるが、不満をありありと表した表情で露伴を咎め見る。 …と言うより人柄上、断られる事を知らないだけかもしれないが。 普段から人好きされる性格では無い露伴には分からなかった。 唯、何も言わない訳にはいかないだろう事を理解している痩せ気味な横顔は、小さく溜め息を付いて、自分より随分年上の青年に向き合う。 「急に年齢がコロコロ変わったり記憶失なったりする人と行動を共に出来ませんよ。第一、僕と行くよりももっと相応しい奴がいるでしょうが。」 感情を極力灯そうとしないその横顔は冷たい印象が際立つ。 それを意識しているかそうでないかは分からないが、少なくとも旅行の話に関して露伴が感情を隠したがっている様だった。 行きたくない訳ではない…一緒に行くと楽しそうだと自分は思っている。 だが二人っきりの旅行ならまずあのスカタンと行けば良い。 家族サービスなどとしていない自分が言う訳にはいかないし、そう言った類を気にしてやる様な仲ではないが、如何考えても他人の自分が一緒に行くよりも相応しい気がした。 他人の自分には相応しくない。それ位は家族と疎遠な自分でも分かる積もりだ。 …個人的な感情としては楽しそうだと思うのが半分、何かに付けて口説いてくる所が面倒なのが半分と言ったところか。 いや…正直な所、楽しそうだと思う気持ちの方が若干上回っている。 しかし総合的に考えれば僕と行くよりも他の奴と、スカタンとでも一緒に行けば良いんじゃあないかと思っているのだ。 だから妙な感情の波を読まれない様にしているのだが…。 「ブ〜ッ!露伴君、俺のお願い断ってばっかじゃ〜ん。ピザ作ってって言っても無視するしさぁ〜。」 ”俺詰まんなぁ〜ぃっ!”ぷ〜っと片頬を膨らませながらジョセフが恨めしそうに、痩せ気味ではあるが端正な顔を見る。 勿論、露伴の考えを分からないジョセフでは無い、寧ろ相手の心の機微には聡い方であろうが…感情が納得行かない様でなのだ。 唯それが如何言った感情なのか、それはジョセフにしか分かり様が無く、相手の行動から分析を試みる露伴にも分からなかったが。 見詰める恨めしげな目線に応える事の無い露伴を如何思ったのだろうか? ジョセフは遂に露伴から視線を外し、小さく溜め息を付いて、屈んで、小さくなる。 そしてもう一度、今度はエメラルドグリーンの瞳を上目遣いにして露伴を見詰めるのだ…寂しそうに。 「若しかして露伴君ってさぁ〜…、俺の事、嫌いなの?」 精悍な、しかし若い表情が微かにその輪郭を曇らせてジッと見詰めながら答えを待っている。 ぅ…っ、露伴な内心息を詰まらせた。 露伴はこういう年下特有の顔に弱かった。 決して縋られていると言う訳ではないが、何処か…そう、何処か甘えを含む不機嫌な表情をされてしまうと、如何するべきか困惑して仕舞う。 決して本人は認めたがらないだろうが。 露伴は考えあぐねた末、小さく溜め息を洩らした。 「……石窯を持ってないので、そこまで本格的なピザは出来ませんよ。」 ”ソレで良かったら…“そう続く筈の言葉は紡がれずに終わった。 「露伴く〜〜んッ!!好きぃ〜〜〜っ!!」 露伴の言葉を聞き、ジョセフが白い肢体に抱き付いたからだ。 先程までの寂しそうな表情はどこ吹く風、その精悍な顔に満面な笑みを浮かべながら。演技じゃあ無かったろうな?と疑いたくなる。 しかしその反面、ジョセフの笑顔を厭っていない自分に気が付いて露伴は益々しかめっ面になっていく。 結局、露伴はジョセフの当初の目的である手作りピザを承諾した。 初めからこれが目的で会話を引っ張って来ていたと言うのもジョセフの知能なら十分考えられるが、敢えてそこまでは考えない。 取り敢えず、尊敬するジョースターさんの願いを聞いたのだと自分に言い聞かせる。 「全く、若くなった貴方は本当に調子が良いですね。…分かったから離して下さいよ。」 厚い胸板と太い腕に体を挟まれている圧迫感と…そして如何にも良く分からない自分の気持ちに露伴は身を捩らせた。 正直、もう勘弁してくれという気持ちだった。 幾ら尊敬する人であろうと、他人に此方の行動を微小でも軌道から外されるのは嫌いなんだ。 流石に抵抗すれば解放するだろうと踏んだ露伴だったが、彼の体を包む男の腕はあろう事か一層強くなっていった。 「エ〜っ!?そんな軽くあしらわないでよ、俺本気だって!俺本気で君の事口説いてんだよ?ねぇ、露伴君今フリーなんだろ、本当に俺の恋人にならな〜い?」 ジョセフは抱き包む力の強さとはアンバランスな程軽い口調で露伴を口説きだした。 妙な話になって仕舞うが、彼が口説かれた事はコレが一度や二度では無い。 何故か若いジョセフは同性の露伴を何度となく口説いてくるのだ、白昼堂々、しかも息子や孫の前でも平然と。 初め露伴も流石に面食らったものだが、如何にも軽薄な様子に…と言うかおふざけの延長線上にしか見えないジョセフの口説きに最近はあしらう事を覚えた。 真面目に付き合ったらこっちの身が持たない。 そしてまたコレだ、露伴の眉間の皺が深くなって行くのは仕方ない事だった。 「あの、ですね、ジョースタさ…、っ!」 ”冗談はいい加減にして下さい。”そう咎める筈の言葉は、しかし紡がれなかった。 露伴はジョセフに抱き付かれたまま、豊かな体躯に押されて陳列棚の死角へ追いやられる。ガサッ、背中にぶつかる紙製の商品箱の音が代わりに鳴いた。 驚いた、真剣に。 突然何だと。 角が背中に当たって痛い…痩身が身じろぐが、その身体を一層強く包まれて身動きを封じられた。 本当に一体如何言う積りなのだろうか? 露伴が相手の心情を窺う様にジョセフの表情を覗こうとすると、逆にジョセフの方から顔を近づけて来た。 そ…唇が触れた。 上唇のホンの先っちょだけが触れた。 とはいっても性的である事は否め様も無い。 明らかな空気の変貌に露伴は目を丸くしてジョセフを凝視する。 コレは一体何の真似なんだ…? しかしジョセフは黒紫色の瞳に色付く驚愕には応えず、上唇の頂きで露伴の紅い唇の輪郭を掠めるとそのまま頬へ、そして紅く染まり始めた耳朶へ小さく、歯を立てた。 柔らかい肉を食む前歯の感触に生理的に仰け反る痩身を抑えながら、形良い唇は耳の輪郭をなぞる様に囁く。 「…好きだ、」 ”これで本気だって、分かった…?”何時も軽快な、時には軽薄とさえ捉えられ兼ねない口調も声色もそこには無かった。 ヒュ…と息を飲む。 黒紫色の瞳は長い睫毛と共に震えていた。 同性の、しかも言葉なんかにゾクゾクした…心底。 油断したら指先までも震えそうだった、信じられない、この僕が…っ。 心臓の音が五月蝿い…クソッ、細い眉は深く顰められた。 しかしこの時の露伴はこんな公の場で、男二人が怪しい事をしている事に対する世間の目や、道徳に背く背徳感など、大凡普通の人が持つ類の否定要素に悔恨にも似た表情をしている訳ではない。 勿論、尊敬するジョースターさんとこういう事は不味いとは思っているが、彼にとってそれは二の次だった。 何より彼が驚いているのは、そして眉間に皺を寄せるほど不快に感じているのは… 自分が他人に御され掛けているかもしれないと言う事実だった。 端的に言うと相手に流されそうになっている自分にムカついていたのだ。 そして他人などに流される筈無い自分を流そうなどとしている人物に…。 相手の吐息が掛かって否応無くゾクゾクする身を彼は固くした。 ふざけるんじゃあない…ッ!! この露伴が他人ごときに影響を受けて堪るものかっ、僕は誰にだって影響なんざ受けやしねぇんだよ…ッ。コケにするのもいい加減にしやがれっ! 何時もの勢いが沸々と胸から湧き上がって来るのを感じ、露伴は自然と握り拳を作っていた。 ぶん殴ってやりたい、その高い鼻をへし折ってやりたい。 この僕を如何にか出来るなどと思っているその根拠の無い自信と共に…! もしこれがジョセフ・ジョースターでなければ…例えば東方仗助であったなら迷わず顔に一発かましてやったのに。 しかし、…尊敬するジョースターさんには出来ない。 僕が尊敬してるんだ、それはしない。 だが、…殴らなくたってやり様は幾らでもあるんだぜ。 「……余程…、ピザをお預け食らいたいみたいですね、ジョースターさん?」 先程まで息を忍ばせ、身を固縮させていた彼の紅い唇が鮮やかに弧を描いた。 珍しい露伴の笑みに、そして彼の言葉に流石のジョセフも面食らった様だ。 露伴の表情を見ようと掻き抱いていた白い体を解き、改めて顔の見える位置で腕を巻こうとしたら、その瞬間、体が動かなくなった。 ”えっ?”今まで自由の聞いていた体が突然動かずに瞠目するジョセフ。 そんな相手を尻目に、露伴は解放された体の関節を解しながら明らかに悪意のある顔で笑う。 白い手が自身の能力で一部を本化されたジョセフのページを、弾いた。 「……余りおふざけが過ぎると僕にも考えがあるんだと言う事、コレで貴方にも分かって頂けたかと思います。 暫くそのまま頭でも冷やして下さい、後1時間もしたら解けますよ。」 何時の間にか露伴はジョセフにヘブンズドアーをかけていたのだった。 一体何を書かれたのだろうか?気にするのは当然であろう。 しかし悲しいかな、首すら動かせないジョセフには如何言った内容が書かれているのか全く見えないのである。 露伴はそれを承知の上でぺらりとページを捲り、そして見えそうな所でページを爪先で弾き閉じた。 そして気になってジッと紙面を追っていたジョセフのエメラルド色の瞳を黒紫色の瞳は見上げ、紅い唇で挑発的な笑みを浮かべる。 それはジョセフに見せる今までで一番妖しい笑みでもあった。 「やられないとでも高を括ってましたか? いざとなったら貴方にだって牙を向くんだぜ。……お忘れなく、僕の能力を。」 露伴はジョセフにされた様に…妖しく耳元で呟き、動かない男の手を取って、自分が今まで持っていたオリーブの瓶詰をポンッと掌に乗せる。 ”それじゃあ、頑張って下さいね…ジョースターさん。”鼓膜にそう囁いて、露伴は艶然な笑みを灯しながら踵を返した。 「エエッ!?ちょ、っと、露伴くぅんっ!?」 体を指先も動かせないジョセフが焦った様に露伴を呼び掛ける。 真実焦っていただろう、しかし露伴はその声に振り向こうとはしなかった。 露伴はジョセフの自分を呼ぶ声を背に、スーパーの自動ドアが開かれたのと同時にさっさと店を出て仕舞った。 この後ジョセフがどうなったのかは露伴の知る所では無い。 恐らく仗助か、はたまた承太郎が一緒に来ているのだろうが…別に一人だとしても1時間後には解ける様書いておいたのだ心配はいらないだろう。 スーパーの自動ドアから車を止めているパーキングまで露伴が失速する事は無かった。 いや、寧ろジョセフと距離が開くにつれてその速度を増していた様に思う。 自身の車に着いた頃には微かに息が上がっていた。 そんな自分に大きな舌打ちをしつつ、露伴はポケットに手を突っ込んで鍵を探す。 そこでふと…露伴はサイドミラーに映る自身の顔を見た。 刹那、露伴は息を詰まらせ、ガシャリと派手な音を立てて地面にポケットのキーケースが吸い寄せられた。 しかし露伴はそのキーケースを掬いあげる前に白い手で口元を抑えていた。 まるで顔を隠すかのように。 畜生、顔が紅いじゃないか、…チクショウッ。 チクショウ…もう一度小さな罵りの声を上げた。 それから暫く、露伴は忌々しげに車のキーを拾い上げ、急いで鍵穴に差し入れた。 もう当分塩漬けオリーブの瓶詰なんて塩辛いもんはこりごりだ…! |