イノセンス





「ちょっと海に行ってくる」と言って承太郎がホテルの部屋を出ていってから、まだ一分も立っていない。しかし仗助の身体はおもむろに伸ばされた腕とジョセフの真剣な眼差しで、既に熱くなりかけていた。
 慣れてこれが普通のことになるのを、仗助は恐れている。ジョセフは普段おちゃらけているくせに、二人きりになるとすぐ、空気をおかしくするのだ。元々ベッドの上でくつろいでいたのも最悪だった。
「なんなん……すか」
 捕まれた手に目を落とすと、ジョセフは「やらせてよ」と、何のオブラートにも包まず、欲望を口にした。仗助は身体を強張らせ、しかしジョセフからの口づけにきっぱりと抵抗することが出来ず、ベッドに押し倒される。顔を背けるとシーツから承太郎の匂いがして泣きたくなった。一体ジョセフは何を考えているのだ。
「いやっす……ここは」
 孫のベッドの上で息子を抱こうとするなんていかれている。仗助は顔を歪めてジョセフに毒づいた。
「触んじゃねぇよ、クソじじい……!」
「こーんないい男を捕まえて、そんなことを言う子はおしおきだね」
 ジョセフは仗助の首筋に寄せた唇を、そのまま星へ滑らせる。
「ひぃ……っあ」
 身体中の何かが脈打つような感覚に仗助は喉を晒して、ジョセフはズボンの上から、ぐっと仗助のぺニスを掴んだ。
「ふ……」
「あれ、仗助くんも興奮してるじゃないの」
「だま……っ」
 手早くベルトを抜かれて、仗助は目を閉じる。はじめから何を言ったところで自分が受け入れてしまうことは分かっていた。しかしせめて、心だけは拒みたい。こんな行為は異常だ。
「う……っ、う、あ」
 ずらされたズボンの中から育ったものを取り出され、ぐりぐりと先端を擦られる。快楽に思考を委ねてしまいたいが、まだ仗助の理性は焼けなかった。
「いや……っ、ゃ……あ」
「かわいいなぁ、仗助くんは」
 空いた方の手で髪を撫でられ、仗助は朦朧としながら、この感触が欲しかったのは今じゃないと思った。幼少期、母親のために寂しがる素振りは見せまいとしつつも、父親の大きな掌に憧れたことがなかったわけではない。しかし違う、こんなのは違う。力の失せた手でジョセフの手首を掴み、仗助は溢れてきた涙を拭う。
「ほんと……何考えてんだよ……っ」
 ジョセフは小首を傾げて、仗助のズボンを完全に脱がせた。きっちりと制服を着込んだ上半身と、裸の下半身に靴下。屈辱的な格好に仗助は顔を赤らめ、再び性器に触れようとしたジョセフを止めようとしたが、先からだらしのない液体が流れ出ているせいで説得力がなかった。
「く……んぁっ」
 快楽に身を捩る仗助の前で、ジョセフが自分の指を舐める。足を思い切り広げられ、爪で後肛の回りをひっかかれた仗助は、内部をかき回される感触を思い出して生々しい息を吐き、前をさらに硬くした。
「やっぱり欲しいでしょ、仗助くんも」
「い……あ、あ」
 焦らしもせずに差し入れられた指のせいで、頭の中が、快感でいっぱいになってくる。響く濡れた音に羞恥心を拭えないまま仗助は喘いだ。感じてきっている仗助にジョセフは満足そうな笑みを浮かべ、ぺろりと仗助の腹部を舐める。
「ううっ」
「中、どろどろだぜ? もうふさいじゃおっか」
「あ、やっ」
 指は身体を広げるように乱暴に動いたあとに取り除かれて、仗助はせめてもと重い身体をひねってうつ伏せにする。
「何、後ろからがいいの?」
「……あんたの、顔、見たくねぇ……」
「そう?」
 ジョセフは眉を上げてズボンから自分のものを取り出すと、躊躇いもせず仗助の腰を上げさせて、その中に押し込んだ。
「ひ……ああ!」
 がくりと額をシーツに押し付けて、仗助は刺激に耐えるよう目を瞑る。ジョセフはその耳元で「なんで?」と問い、しかし自分でも分かっていたのか、自ら答えを続けた。
「オレが仗助くんの父親だから? 似てるもんね」
「……っは」
 ゆっくりと動かれて、仗助は眉間の皺を深くした。身体中の産毛が逆立ちそうな感覚に思考が曇って来る。
「でもオレは仗助くんがオレのガキだからしたいのよ?」
「あ……そんなのっ、おかし……」
「おかしくないだろ」
 不意にジョセフが優しい表情を見せた。
「仗助くんと気持ち良くなれるなんて最高じゃねぇか」
「だから……って」
「だって気持ちいいでしょ仗助くんも」
 後頭部に口づけられて、ジョセフの強引な行為と裏腹に、仗助は愛でられているような錯覚に陥った。
「いいじゃん、一緒によくなろうよ、ねぇ」
「い……っあ!」
 唐突に性器を握りこまれて、仗助は思わずぐちゃぐちゃになった髪に自分の指を絡ませる。しかし何かに掴まったところで走る感覚の強さに耐えられない。
「ひゃっ……あ、あ」
「愛してるぜ」
 耳元で響いたジョセフの声が、朦朧とした意識の中の心を折った。
 仗助は僅かに顔を傾けて、「うそ」と呟く。
「何で嘘をつく必要があるんだよ? 好きよ仗助くん、愛してる」
「でも、こんなの」
「おかしくないって。普通のことでしょ」
「ふつう?」
「気持ちいいのは幸せじゃん。それに仗助くんが気持ちいいとオレも気持ちいいし幸せなの」
「しあわせ」
「そう。気持ちいい、仗助くん?」
「きもちいい」
「いい子」
 再びキスをされたあと強く腰をぶつけられて、仗助はシーツの上でのたうった。最早悲鳴を隠す気も、自分が感じている悦楽を隠す気もない。
「きも……っち、いい……っ」
「もっと、言って」
 不自然な位置で息継ぎのはいった台詞に、ジョセフのも感じている事を知った仗助は、えも知れぬ幸福感に襲われる。ああそうか、気持ちいいのは幸せ。こういうことか。
「あんたもっ……言って……」
 仗助は呻き、「悦い」と泣く。そして怖くなるほど自由の利かない両手で、縋るように背後にあるジョセフの身体を探る。
「ん、気持ちいいよ、仗助くんの中」
「あう……もっと……」
 いい場所を探るように腰を振るとジョセフは目を細めて「ほんと、気持ちいい」と笑った。肌の合わさる音と一緒に深くへ触れられて、仗助は顔を振り、掠れてきた声で叫ぶ。
「あっ、や、そこ、いく、い……っ……!!」
 完全に狂ってしまった頭と肉体では何も分からないが、じりじりと近づく高みの向こうにあるのは奈落だろうか。
 しかしいくら仗助が冷静を装ったとしても、たとえジョセフの言葉が嘘だったとしても、彼を愛したいと思っているのは変わらない。




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