老いた体に内包された魂はあまりにも活気に満ちていて、そして深く悔やんでいた。 だからこうなったのかは解らない。心理学者も生物学者も、本人にだって解らない。
ひとつだけ確かなのは、「元に戻れる保証はどこにもない」という事だけだ。

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あの「異常事態」が起こってから早一週間だろうか。実の父親が六十近く若返るという 超常現象、それは弱冠十六の高校生には刺激の強すぎる出来事だった。
現に彼は相当疲れきっていた。若返るだけでも厄介だというのに、 そもそもの問題は

「お〜い、このチューインガム不良品じゃあねーの?膨らまないんだけど」

問題の中心人物である、ジョセフ本人の自由すぎる振る舞いにあった。

「そういうガムもあるんスよ………後で別の買ってやるから」
痛む頭を押さえながらなんとか納得させる。不満げな表情で歩き出したジョセフの傍らに走り寄り、今はいない甥っ子を少し恨んだ。
(確かに世話すんのは大変だと思うけどよぉ〜、何も押し付けなくたって)
良いんじゃあないか?何回思い浮かべた愚痴かも分からず、仗助は小さく息を吐いた。

今日は日曜日。 珍しく私服で歩いている仗助とジョセフを見れば、兄弟か何かと見間違えてもおかしくないだろう。
甥と一緒にいても「お兄さん?」と、好奇心旺盛のおばさん達に質問責めを食らうのだ、ジョセフたっての願いで杜王町を案内 してる今も、既に四回同じような会話が繰り返されていた。毎度自分の方が年下扱いされて、ほんの少し悔しいのは彼だけの秘密である。
若返ったジョセフに対する解決策は今のところ見つかっていない。兎も角アメリカに帰る前にとっとと 戻そう、というのが承太郎の意見だ。それは是非とも賛成なのだが、じゃあ戻す方法は?と仗助が尋ねても茶を濁すのみ、 とりあえず様子を見ようということで、一週間もの時間が過ぎてしまったのだ。
流石に若返ったとはいえ、仗助とよく似た顔つきのジョセフを好きにさせておく訳にはいかない。何より朋子と会わせないのが最優先事項だ。 ジョセフ本人も流石にそこは分かっていたのだが、活力溢れた体で大人しくしておくのも酷だろう。付き添い有りの条件で、何度か外に出してはいた。
今までは承太郎がその役目を背負っていたのだが、今日にかぎって仗助に「代わってくれ」と頼み込んできた。
そんな彼の心中を仗助は察している。愛人だ何だの騒動でひょっこり出てきた自分よりも、家族として承太郎が彼と過ごしてきた年月の方が遥かに長い。 祖父として慕っていただろうに、こんなになっては………横目でチラッとジョセフを見た瞬間、向こうもめざとく気付き、何を思ったか軽く笑ってみせた。
「何?そんなにハンサム顔を拝みたい?」
余計な戯言も付け足され、がっくりと肩が重くなった。これは疲れる。
どうせ今日は付き合わされる羽目になってしまったんだ、少しでも承太郎さんの助けになるんだったら。 憧れの人から面と向かって頼まれた誇らしさも手伝って、覚悟を決めていた筈なのだが………。
「仗助くーん、これはちゃんとしたガムだよな?パッケージもそんな感じだし」
「ちょ、あんたどっから持ってきた!?」
「店頭の台からだけど、どうしたよ。怖い顔しちゃって」
「どーしたもこーしたもねぇッスよ!そりゃ売りもんだ!」
こうもトラブルを起こされると、やっぱり押し付けられたんじゃないかと、ほんのすこし思ってしまうのである。通りすぎた駄菓子屋まで戻って代金を支払 い、ジョセフの所業を問いただした。彼の言い分によれば「試供品だと思った」だそうだが、つくづくカルチャーショックの連続だ。仗助はやってられない と言わんばかりに「次からは勘弁してくれ」と両手を腰に当て、深くため息をついた。

お目当ての物を手に入れてご満悦のジョセフに、ふと気になって尋ねてみる。
「そんなにガムが好きなんスか?」
「おう、大好物!じじぃン時は入れ歯だったから食えなかったけどよ、本当なら 一日中だって噛んでたいぐらいなのよね」
「筋金入りっスね………」
若干皮肉めいた言葉も気にかけず、ぷぅと大きく膨らませる。そのままケースを傾け、「食べる?」と目で問掛けた。 自分で買ったものでもあるので、遠慮なく引き抜く。そこでも彼はまた笑った。何がそんなに楽しいんだ?気にはなったが、 そこまで打ち解けている訳ではない。とうとう聞かず仕舞いに終わった。
とたとた目的もなく歩く二人。商店街を通りすぎて駅前広場で一服し、ジョセフの矢つぎ早の質問に答えていくだけの時間。 何のことはない、普通の光景だ。しかし仗助は徐々に心の中で戸惑いを感じはじめていた。
目の前で興味津々に話を聞いているのは紛れもなく自分の父親なのだ。たとえ若返っていても、いや若返ってるからこそ普段より顕著に感じてしまっている。
この人が自分の父親。その事実がくすぐったくて、不思議でたまらなくて、そして何故か切ない。

切ない?

(なんで)
ぽんと脳裏に浮かんだ言葉と共に疑問が出てくる。ジョセフ=ジョースターが父親ってだけで、何故ここまで胸が締め付けられるような思いになるのだろう。

「仗助?おい」
「え、あぁ、すんません………そろそろ帰りましょうよ、日も落ちてきたし」
これ以上一緒に居たら頭が混乱しそうだ。不満を漏らすジョセフには悪いが、仗助はさっさと帰路の方向に歩きだした。杜王グランドホテルには向こうのバス停か ら行ける、ちゃんと最後まで送らなければ。不平を垂らしながら渋々後に着いてきた足音が、ふと形を潜める。

「今日は楽しかったよ」先程までとは違った声色に思わず振り返った。
途端、仗助は後悔した。見なきゃよかった。
「仗助とたくさん話せたし、お前が住んできた町の話は面白かった」
そんな顔して
「………ずっとこのままだったら良いのになって」

「なに、を」
「ははっ、分かってるぜ、駄目なのは分かってる………けどよ」


戻りたくねぇなぁ。


そう言って笑う顔は寂しげで、嫌になるぐらい夕日に映えていた。そして、仗助は”本当にそうなれば良いのに”とどこかで思っている自分を自覚していた。

+++++++

324号室のドアを開け、すぐさまベッドに飛込んだジョセフを尻目に、部屋に居た承太郎に散歩の報告をした。
彼はソファーに座りこんでいる。黒いインナーの上からでも分かる逞しい腕の中には、透明の赤ん坊が寝息を立てていた。 ジョセフにしか懐いてないと思っていたのだが、まぁ相手は承太郎さんだし、赤子を寝かせるのも何てことないだろう。 そう思っていることからも、大概、仗助の中で承太郎は万能過ぎるようだ。
「すまないな、苦労をかけた」
「いや、別に構わないっスよぉ〜。何もなかったし」
嘘だ。ジョセフが居るだろう寝室に視線を向ける承太郎に心の中で謝る。
元から帰り際の出来事は話さないつもりだった。
戻りたくないなんて、たとえわめこうが体の変化には関係ないだろうし、必要以上に心配かけるのも………ここまで言い訳を思い付くだけあげていっても、 結局あの寂しげな表情が仗助を捕えてはなさないだけなのだ。どうしてか、あれを他人には話したくない。たとえ相手が承太郎でも。
それでも奇妙な罪悪感は消えなくて、改めて承太郎の方を見ると彼は視線をそのままにし、いぶかしげに眉をひそめていた。何か腑に落ちない点でもあったのだろうか。
「承太郎さん?」
「いや………何でもない」
こちらに向き直っても疑いの空気は晴れず、いつの間にか起きた赤ん坊だけが愛くるしく笑っていた。こいつは将来大物になるな………。半分脱力しながら仗助は息をまいた。

+++++++

「なぁ〜、さっきからごめんって言ってるじゃんかよぉ」
申し訳なさそうながらも、口調のせいでどうも誠意が感じられない謝罪が頭ごなしにとおりすぎていく。聞く耳なんて誰が持つものか、それぐらい仗助は怒り狂っていた。
まさか、いくら若返ってるからってこう来るなんて。しつこく話しかけるジョセフをにらみつけ、近所迷惑にならない程度に小さく怒鳴りつけた。
「もう一回言わせてもらうっスけどね!うちに来るなんて何考えてんだアンタ!」
「だからごめんってば」
「しかもこんな朝早くっ、髪もセットしてないのにっ!」
「あれ、仗助ちゃんったら結構俺の事気にしてたの。髪のセットねぇ………?」
「ンな訳あるか!」
あくまでひょうひょうとした態度にキレそうになりながらも、仗助は母の様子を窓から気にかけていた。承太郎ですらジョセフと勘違いしてしまう人だ、 本人と出会そうものなら、下手すれば失神してしまうだろう。 そうでなくてもややこしい事態になるのは目に見えている。小さく舌打ちし、気付かれないようにジョセフを庭の奥へと押しやった。
そもそもの経緯はジョセフの突然の訪問だった。あの杜王観光案内から一晩が明け、学校行きのバスと時間を合わせて起き出して、そこまでは本当に いつも通りだったのだ。
偶然にも、自室の窓からジョセフが通りを歩いていたのが見えた時までは。
慌ててベッドから飛び出し階段を駆け降りて、新聞取ってくるだの叫びながら玄関を開けたら、予想通りマフラーと厚い胸板が目の前にあったという 訳だ。その時仗助は不思議と冷静だった。「やっほー」だの聞こえる挨拶をスルーして、静かに扉を閉めてから窓から死角になる所までジョセフを連れていく。

無言で横っ面に一発くれてやったのはそれからだった。

そして今の流れに移る。ぶん殴られた頬を擦るジョセフと、起きぬけだったため珍しく髪を下ろしたパジャマ姿の仗助。 朝っぱらから滅多に見られない珍しい光景である。仗助も素の髪で外に居るのは恥ずかしいのか、落ち着かない様子で腕を組んでいた。
「だってよぉ、承太郎の奴、部屋から一歩も出るなッつってどっかに行っちまったんだぜ?しかもしばらく帰らないとかほざくしよぉ! 僕ちゃん、暇なのは嫌いなのよねン」
だからって早朝から息子の家に来るのもどうかと思うが、既に話の内容へと興味が移っていた。承太郎が何だって?
「出かけるって、どこに」
「分かったら苦労しねーなぁ」
それもそうだ。昨日から様子が変だとは思っていたが一体何があったのだろう。 ジョセフを置いていっても勝手な行動をとるのは目に見えているのに。甥に対する疑問を連ねていって、ふとある答えが脳裏をかすめた。
置いていったんじゃなくて、"連れていけなかっ"たんじゃないか?背筋がスゥと冷えていく。もし、一連の騒動がスタンド絡みならば、本体を叩けば無事に解決する。 だが、あの承太郎がしばらく帰れないと言ったのが、相手の強さを知った上の発言だとしたら。嫌な想像ばかり浮かんでしまう。 それに加えて母が壁を隔てたすぐ傍に居るというのもあって、相当の居心地の悪さを感じていた。遅刻覚悟してさっさとホテルまで送っていくのが良いのだろう。 承太郎の意図を確かめるのはそれからでも事足りる。
ちょっと待ってくれ、と家に一旦引き返そうとして背を向けたら、一呼吸置く暇もなくジョセフの腕の中にいた。状況がすぐに掴めなくて固まる。
「どうせだから仗助の部屋入ってみたいんだけど」
しかし耳元で囁かれた懇願から、信じられないと目を見開いた。
「あ、アンタ何言って」
「そこまで驚かなくてもいいんじゃねぇか?それとも、慣れてない?」
慣れるって一体何に。相手の真意が見えずに混乱が加速する。ここに誰が住んでるのか分かってんのか、それに、その言い方は、まるで。
払うように仗助は振り返って目の前の胸ぐらを掴みあげた。ジャケットを引っ張られても平然としているジョセフとは対称に唸るような声を出す。
「ふざけんなよ、テメーとうとう頭イカレちまったのか知らねぇけどよッ!」
「違うっつーの。落ち着けよ、仗」
「何が違うっていうんだッ!ほんと、何考えてんだよ………」
掴んだまま頭を垂れてジョセフの胸に寄りかかる。目の前に居るのにこの人が分からない、何を思ってここに来たのかもさっぱり見当も付かない。それが思った よりも苦しくて、ふと背中を優しく摩る感触に顔をあげる。
ドクン、心臓の鼓動と共にデジャヴが鮮明に蘇ってきた。辺りが夕日に染まったかのように、全く同 じ表情で。
「素直になれない仗助の為に言ってあげる。俺は」
「やめッ」
「お前が好き。お前も同じなんだろう?」
静止の言葉も彼には意味をなさず、信じられない告白に唖然とするしかなかった。それでもジョセフは止まらない。
「お前、絶対純愛タイプだろ。昨日の帰り際なんてまんま恋する乙女の顔だったぜ?」
放心する仗助に事実をたたみかける。じゃああの切なさは、この胸の苦しみは、表情が寂しげに見えたのは。 認める訳にはいけなかった。自分だけは受け入れるなんてあってはならなかった。
「違う」
震える体を抑えて首を振るも、否定の声は情けなくかすれていた。
「そりゃショックだと思うけど、ゆっくり向き合っていくのも悪くないと思うぜ?俺も付き合うよ」
「違う………ッ」
「まだ若いもんなぁ、お互い。俺だってこんな趣味あったのかってオドロキだったし」
ふとした違和感。困惑でぐちゃぐちゃになっていた頭に冷水をかけられたような 気分だった。今、この人は何て言った?
「まぁいきなり部屋ってーのも………いや、他意はないんだぜ?純粋に気になっただけ」
「あんた………まさか」
「ん?」
確かめなければならない。それでも、仗助は恐れを隠せなかった。自分の予想が当たっていたら洒落にならないだろうし、出来れば外れていてほしい。
そうこうしている間、予想以上に時間が経ってしまったのだろうか、帰ってこない息子を不信に思った朋子の声が聞こえてきた。何をしてるの、早く帰ってこい。 思わず振り返った瞬間に、確信してしまった。そうでないことを祈っていたのにあんまりじゃないか。
その時ジョセフはこう言ったのだ。

「今の声お前の母さん?随分と気が強そうね」

仗助に残された結論は一つしかなかった。


それからの行動は早かった。駆けるように家に戻って電話を手に取る。相手先はジョセフから聞き出したSPW財団、ここぐらいしか承太郎への連絡方法が思い付か なかったのだ。とりあえず受付に経緯を説明して、すぐにでもホテルに戻ってほしいと伝言を渡しておいた。迷惑になるだろうがここで遠慮はしていられない。 自分も巻き込まれているのだ、状況を把握する権利はある筈だ。シャツとジーンズというラフな格好で、後ろ髪を無造作にたばねる。 リーゼントに出来ないのはしゃくで堪らなかったが、時間の都合上仕方がなかった。早々と準備を済ませて玄関先に向かうと後ろから「どうしたの」と声が聞こえた。
スニーカーの紐を結んでいた手がビクリと止まる。しばらく遼巡して、
「ごめん、学校に休むって連絡いれといて!」
それだけ叫んで家から飛び出した。庭先で待っていたジョセフの腕を掴んで一目散に走り出す。
「………いいの?」
親指で来た方向を指すジョセフ。何も言えない、言える筈がない。ただ、小さく頷くだけだった。

+++++++

ホテルに入ってすぐに、ジョセフはベッドルームに押し込まれた。
後から合流した承太郎によれば何やら大事な話があるとのいうことで、二人はソファーに、自分だけは仲間外れ。 勿論のこと、それは彼にとって全く面白くない。一体何をはなしているのやら………そういえばさっきの質問は何だったのだろうか。承太郎に会った直後を思い出す。
「スージーQとはどういった関係だ?」
「関係も何も………ただのメイドだぜ?俺のじゃないけど」
もしかしたら仗助とのことを知ってて釘をさしているのかもな。横たわったベッドの上で寝返りをうつ。
それでスージーを引き合いに出すのも分からないでもないが、とんだ見当違いだ。生まれつきのつんつん髪の頭をかきむしる。 こんな訳の分からない異国の土地で、仗助はあまりにも魅力すぎた。
あの帰り際に見た表情。誰だって気付く、何かしら特別な感情が含まれていると。それが恋情だとはっきりしたのは今朝がただったが、 その前に自分の方向ははっきりしていた。
もし、本当にあいつがそういう意味で好きだっていうんなら、受け入れる自信はある。
シーザーが知ったら何て言うだろうな。苦笑していると、ドアの開く音。居たのは勿論、
「………よぉ」
「お話は終わったの?承太郎は」
すると僅かに苦笑して、ケリをつけに行ったと答えた。随分と抽象的な解答だ。 意図がはかれず、小首を傾げたジョセフの隣に静かに座り込む。横目で一連の動作を追いながら、ふと思った。
さっきからの仗助の変貌っぷりは何なのだろう。ジョセフが今朝訪れた時には表情がくるくる変わって動揺していたというのに、 扉を背にして見せた苦笑、座り込んできた位置の近さ、果ては彼の伏せた目。昨日見た快活さは何処にもなく、しっとりと した気だるさに沈んでいた。
「どうしたのよ、おめー何か変だぜ?」
「何でもねーよ」
しかし身体中から全力で相手に異常を訴えてくる。発言と視覚のギャップに耐えきれず、ジョセフは仗助の肩を掴み、こちらに向きなおさせた。 ひくっと跳ねる肩、あからさまな反応にジョセフは口角をあげた。
「触られてびっくりしちゃった?」
「いきなり掴まれたら誰だって」
「顔を真っ赤にさせるのは何%の確率だろうね。仗助、いい加減自覚してんだろ?」
黙りこんだ彼の頬に手を当てる。そらした視線が小刻に震え、にわかに眉間が深く歪んだ。
「………言うこたねぇって釘さされたけど」
弾くように相手に向き直る。ぎょっとしたジョセフに叩き付けるがごとく、仗助は叫んだ。
「あんたはスタンド攻撃を受けてんだ!本当は八十近いじじぃだったのが今の年齢まで若返っている」
唖然として言葉も出さないのも構わず、頭を振って悲痛ともとれる喚き声をあげた。
「そして若返る前のあんたは不動産王ジョセフ=ジョースター!」

今にも崩れそうな喉で

「……………俺の父親だ」

真実を落とす。

対するジョセフは少しの間を置いて、こう言った。
「仗助………何言ってんだ?」
この瞬間、仗助は一抹の期待をもっていた。そんなの当たり前じゃないか、何言 ってんだ。笑ってたしなめられる未来を夢見て。


「若返るとかファンタジーかそりゃ?第一」
俺、結婚すらしてねぇぞ。

しかし予想通り、事実は消えなかった。


+++++++

「アレッシー………?」
「あぁ。自分と相手の影を交わらせた際に若返らせるスタンド能力を持つ男だ」
「そいつが杜王町に」
「最初からその可能性は考えていたんだが、一時期撤回せざるを得なくなった」
「何でっスか?」
「じじぃの記憶が一向に退行しなかったからだ。アレッシーの能力によるものだ ったら、年齢に合った記憶になるはずだからな………しかし」
「お袋の事を忘れていた」
「おそらくあまりにも高齢だった為、記憶の処理に時間がかかったんだろう。周りとの違和感がはっきりしてきたのが今日だったという訳だ」
「承太郎さんはいつから気付いてたんスか?」
「昨日お前らが帰ってきた際、赤ん坊を抱こうとしなかった。いつもならば連れて歩く程なのに。そこから不審に思い、団員に町を調べさせたら、ビンゴ」
「予想は当たってたって訳っスね………グレート」
「スタンド能力なら本体を叩けば話は早い。だが、交わらせればアウトというのは結構きつくてな………今、団員からの情報を元にじっくり追い詰めていたところだ」
「わわわ、そんな大事なときに呼び出してスンマセン!」
「いい。お前にちゃんと伝えなかった俺に非がある」
「………じゃあ、じじぃは元に」
「あぁ。戻った際に混乱するだろうが、スタンドと教えれば納得するだろう」
「えっ、若返った時の記憶は消えないんスか!?」
「何かあったのか」
「いや、何でもないっス。ちょっと驚いただけで………」
「そうか。大体理解できたのなら、そろそろ行かせてもらう」
「お、俺も」
「お前はじじぃを見張ってろ。学校を休ませて悪いが、相手がお前を狙ってくるかも分からない。危険だ」
「う」
「………頼んだぜ」

+++++++

「あんたが認めなくても俺はジョセフ=ジョースターの息子なんだ!だから………!」
殴りかからんばかりの勢いで迫る仗助を、そっと押さえ込む。両手を引っ張って相手の膝で固定する程度だったが、それだけでも口をつぐみ、大人しくなった。
「まだ頭が結構混乱しちゃってるけど、お前がデマカセ言ってないのは分かるよ。いかにも嘘つけないタイプだし」
「うるせ…ッ」
「でもさ、好きになったのはお前からだぜ?」
「んな訳ねぇだろ!だって、あんたは父親で」
「じゃあ何で泣くの」
途端に仗助の表情がこわばった。拍子に一粒が頬を滑り落ち、押さえ込んでたジョセフの手の甲に膜を作った。それを信じられない、といった様子で見つめる仗 助が、たとえようもなく脆くみえた。今までの否定から生まれた強がりが崩れていく。ジョセフは思いの他、力強く言った。
「お前の言うとおり、たとえ親子だったとしても受け入れるよ。仗助の好意」
「駄目だッ、それだけは」
彼はおそらく気付いていない。この奇妙な関係が仗助からの好意からにされてしまっているのを否定していない事に。 無意識の中で肯定したのだろうか。それでもあくまで否定しようともがく彼に、ジョセフは痛みを感じていた。
「そういう意味じゃなくて」
「俺はそういう意味で大好きだよ」
「ちがッ………俺は、俺はァ」
ボタボタと涙が落ちていく。たとえ今の仗助の好意が父親に対するあこがれから来たものだとしても、ジョセフの行動が異国の地で一人きりからくる寂しさを紛 らわす為だったとしても、最終的には同じなのだろう。不毛としか言えない間柄だ。幸福な結末は絶対にやってこない。 その事実に全身を震わせながらも、仗助はこれ以上拒否できなかった。
何も言わずに腕の中に引き込まれて、しかしロクな抵抗など出来やしない。
自分は実の父親に恋慕を抱いている。ゾクっとした。
だが、それが果たして恐怖からか、それとも歓喜から来ているのか、今の仗助には分からなかった。
あとどれくらいで本体がぶちのめされるのだろう。 張りのある胸から聴こえる鼓動はいつ衰えてくるのだろうか。刻々と迫る行き詰まりが、無性に恐ろしい。
死刑執行を待つ罪人の心情でその瞬間を待ちながら、仗助は、静かに目を閉じた。




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