less 人生において、過ちは度々発生するものである。実際ジョセフも、日本で妻にばれたらただでは済まない事をやらかしたし、これからも似たような事態が起こらない保証はない。しかしだからといって、まともな理性が残っているうちは、自ら首を突っ込むような真似をすべきでないのだ。 カウンター席の丸椅子は高さがある所為で、彼女が足を組みかえる様子が良く見える。煙草の煙を吐き出す妖艶な唇。届けられるのは上品なカクテルでは無くテキーラ。シチュエーションの何もかもが挑発的だ。 「まだ飲むでしょう」とジョセフの空になったグラスを指差し、マライアが気だるい声を出した。 「もっと強いお酒を飲んだら? それとも酔っぱらうのが怖いとか」 ふふふ、という笑い声のあと、しなやかな指がジョセフの左手に伸びて絡みついた。 「別に酔ってもいいじゃない。朝まで介抱してあげるわよ?」 義手なので感覚はないが、その分想像が働く。ジョセフは溜息を吐き、「男をからかうのはいい加減にしたらどうじゃ?」と返す。 「からかってなんかないわ?」 マライアはジョセフの手を持ちあげると、そのまま自分の口元に持って行った。手袋越しで軽く口づけをされる。盗み見れば、彼女はこれで勝ったわと言わんばかりの表情だ。自分はまだ流されてなどいない。ジョセフは苛立ち、頬杖をついて鼻を鳴らす。 「だったら何のつもりじゃ? 本気とでもいうのかね?」 「からかうと本気の間って、あなたの中にはないの?」 ジョセフはしばらく黙った後、「ウォッカ」と次の飲み物を注文し、マライアへ向き直った。 「そんなものはないわい。最初はあったとしても、最後は結局どっちかになるじゃろ」 意図的に絡んでくる女に、そう簡単に転がされる様な年でも無いが、主導権を握られた振りもしたくなかった。 「試してみるかね?」 そう問うと、マライアは眉を顰めた。 「……どうせ、つまらないわ」 マライアは肩を竦めて、灰皿に煙草の火を押し付けた。 「そりゃあ残念だわい」 ジョセフは届いた酒をちびりと口に含み、所詮はこんなものだと考える。 あっさり騙されるにはまだまだ、アルコールが足りない。 |