「ぼくはコーヒーにする、お前は?」 今まで眺めていたメニューから顔を上げ、ぼくは向かいの席に座っている仗助を見る。 「えーっと、おれは……」 すると仗助はメニュー表に視線を走らせながら、何気ない調子で唇に触れる。ぼくはそれを見た途端に心臓が跳ねた。きっと赤くなっている顔を、絶対にこいつには見られたくない。 そう思ったぼくは席から立ち上がり、メニュー表で仗助の頭を叩いた。そして急に我に返る。 「いっ、いってえ! いきなり何しやがる!」 「お、お前がさっさと注文を決めないから悪いんだ!」 「今見たばっかりだぜ、気ぃ短すぎじゃねえの!?」 そんなぼくらのやりとりを、他の客達がじろじろ見ている。不満そうな仗助に、まさか本当の理由は言えない。言えるわけがなかった。 仗助が自分の唇に触れる仕草を意識し始めたのは、きっとあの時からだ。 仗助の指先がぼくの唇に触れた瞬間、あまりにも唐突すぎて慌てて身を引いた。 『お、お前どういうつもりだ!』 『なんつーか、あんたの唇ってどんな感じかと思ってよ』 『どんな、って……まさかお前、ぼくにキスしたいとか思ってないだろうな!』 『だったらどうするんだよ、させてくれんの? それにあんた、今すげえ顔真っ赤だぜ』 『調子に乗るな、このスカタン!』 例え本当のことだとしても、仗助にそれを指摘されるのは心底むかつく。こんな、ウソつきの卑怯者なんかに。 あの指で、仗助はぼくの唇に触れた。ということはさっきので、ぼくとこいつは間接的に……。 そんな考えにたどり着き、つい手が出てしまったのだ。小中学生のガキじゃあるまいし、こんなことくらいで大騒ぎするのはかなりバカバカしいと思う。 分かっているはずなのに、何故意識してしまうのか。 「あんたって、変わってるよな」 「そういうお前は、自分をまともな人間だと思うのか」 「少なくとも、あんたよりはまともじゃねえかな。わけの分からねえ理由で人を叩かねえし」 ちらりとぼくを見る仗助の目は冷ややかだ。まださっきのことを根に持っているようだ。うんざりするほど面倒くさい奴だ。 「おれ、アイスティーにする」 仗助は見ていたメニューを開いたまま立ち上がると、突然ぼくにくちづけてきた。一瞬何が起こったのか分からなかった。 こんな他の客が大勢いる店の中で何を、と思ったが、仗助は開いたメニューで壁を作り、周囲からは見えないようにしていた。恐ろしく準備が良い。 ……ぼくが大人しくしといてやるのは、この唇が完全に離れるまでだ。それ以降は覚悟しとけよ、仗助。 |