同じ酒でも、ひとりで飲む時と皆で飲む時の味は何となく違う。具体的な説明はできないが、そう思っている。 深夜の酒場は思ったより騒がしく、仕事を終えた男達であふれていた。これだけ大勢の人間がいても、この異国の地でジョセフを知っている者は誰もいない。 日本で苦しんでいるひとり娘のこと、これからの戦いのこと。考え始めればキリがないほど様々な考えがジョセフの頭をめぐり続けて止まらない。 1度はベッドに入ったものの今夜は何故か眠れず、ひとりで宿を抜け出してきたのだ。 同室の承太郎はどうやら気付かずに眠っているようだった。このまま朝になる前に、こっそり戻れば大丈夫だろう。 グラスの中に残っていた酒を飲み干すと、カウンターの向こうにいる店主にもう1杯貰おうとして声をかける。 そんな時、再び入り口のドアが開いた。客の途切れない店だと思いながらそちらに視線を向けたジョセフは、驚きで声が出なかった。高校生にしては普通の大人よりも逞しい 身体に、学ランを身に着けている。昔はあんなに可愛らしく愛想も良かったのだが、いつの間にこうなったのか。 彼はジョセフのいるカウンターに歩み寄ると、無言で隣に並んだ。 「お前、寝てたんじゃなかったのか?」 「俺に隠れてこそこそ出歩きやがって、ばれてねえとでも思ったのか。じじい」 承太郎はそう言うと店主に、ジョセフと同じ酒を頼む。今更飲酒を止める気はないが、娘は承太郎を自由に育てすぎたのではないかと思う。孫との久々の再会は、鉄の檻越しだった。 ジョセフ自身も若い頃は喧嘩で何度も投獄されたが、まさか孫まで同じ道をたどるとは。やはりこれも血の影響なのだろうか、首筋の痣とは違う意味の。 そんなジョセフの思いをよそに、承太郎は注文した酒を飲み終えると今度は更に強い酒を出すように店主に告げた。さすがに黙っていられなくなり、ジョセフは軽く咳払いをする。 「いい加減にせんか、承太郎」 すると承太郎はカウンターに片肘をつきながら、平然とした表情を向けてくる。 「やれやれ、こういう時は励ますもんだぜ。『2杯目だ……まだ始まったばかりだ、頑張れ承太郎』ってな」 「何を考えてるんだ、いくらお前が」 呆れ半分のジョセフが最後まで言い終わらないうちに、2杯目が承太郎に手渡される。それはジョセフですらあまり飲まない強い酒だった。承太郎は何のためらいもなくそれを 飲み始める。もう何も言えなかった。 一緒に店を出た承太郎は、酒など全く飲んでいないかのようないつも通りの足取りで歩く。正直承太郎が、あれほど酒に強いとは思わなかった。ジョセフは少しだけ酔った頭で、孫の将来を想像して恐ろしくなった。 「承太郎、本当に大丈夫なのか?」 「ああ、別に何ともねえぜ」 「もう無茶なことはしないでおくれ」 「何言ってやがる、これから俺達がやろうとしてるのは、あんなもんとは比べ物にならねえことだろうが」 「だからってあれを3杯も……」 「ちっ、うるせえな」 先を歩いていた承太郎は立ち止まると、急にこちらを振り向いた。そしてジョセフに顔を近付けたかと思えば、信じられないことに承太郎は祖父であるジョセフにくちづけをした。 混乱のあまり、呆然としたまま抵抗すら忘れていた。まだ強い酒の味が残っている承太郎の舌が、ジョセフの唇に触れる。 やがて身を離した承太郎が、軽く息をついた。 「年寄りくせえ、しみったれた味だぜ」 低い声でそう呟いて自身の唇を舌先で舐めた後、承太郎はジョセフを置いてひとりで宿に向かって再び歩き始めた。 あっけなく取り残されてしまったジョセフは、孫の考えが分からなくなった。酔った勢いとはいえ、きれいな女でもなければ若くもない、しかも血の繋がった男にあんなことをするとは本当にどうかしている。 しかしあれほど平気な顔をしていても、確実に酒は入っているのだ。どうせあの場限りの気まぐれでやったことだ、深く考える必要はない。 ジョセフは自身にそう言い聞かせながら、承太郎の後を追った。 |