「ねー、この学校にさあ。東方仗助っているよねえ?」 「ああ、仗助ですか? 私と同じクラスなんですう」 「そうなんだあ? まだ学校に残ってるかな」 「さっき授業終わったばかりなので、学校の中にいると思いますよ。ところで仗助とはどういう関係なんですか?」 「えー知りたいー? 俺はねえ、実は仗助の」 その続きは、走ってきた仗助の飛び蹴りで阻まれた。しかしそれを食らったほうも鍛えられた身体と能力の持ち主なので少しよろめいただけで済んだ。 校門前で唐突に始まった普通ではない何かに、野次馬が次々に集まってくる。 「いったあーい! 仗助ったら激しいんだから!」 「変な喋り方すんじゃねえ、気持ち悪いんだよじじい!」 「そんなに怒らないでよ、せっかく迎えに来たのにさあ」 まさかこの男が学校にまで押しかけてくるとは思わなかったので、仗助は呆然とする。 仗助よりも背の高い、年齢は成人前の若い男だ。男の名前はジョセフ・ジョースター。仗助の父親だ。本来ならば79歳の老人だが、この町に来てから起こった謎の現象 によって、これまでの記憶を持ったまま青年時代まで若返った。未だに原因が分からないので、もうずっとこのままの状態でいる。 この男がジョセフだと知っているのは仗助と、そのスタンド能力で正体を暴いた漫画家の岸辺露伴。そしてもうひとり。 「また騒いでんのか、やれやれだぜ」 校門に背を預けている、ジョセフに負けないほど大柄な男が呆れた口調で呟いた。 「承太郎さん、来てたんすか!」 仗助は満面の笑みを浮かべて、承太郎の元に駆け寄る。それを見たジョセフは、不満そうに唇を尖らせる。 「ちょっとおー、仗助ってば! 俺の時とは全然反応違わない?」 「あんたは普段からロクなことしてねえしよ、承太郎さんとは扱いが違って当然だろ?」 「そんな意地悪しないでよ仗助! 俺のことも愛してよね!」 「うわっ抱きつくな! いい加減にしろエロじじい!」 ここが放課後の校門前だということも構わず、仗助とジョセフは再び騒ぎ出した。 若返ったジョセフは息子である仗助にちょっかいをかけるのが好きらしく、会うたびに仗助は被害を受けている。 相手を喜ばせるだけだと分かっていてもつい、激しく反応してしまう。 腹の立つほど軽いノリの男だが、決して隙を見せない。本心が読めないのだ。 「仗助ってさあ、いつも俺に対してはツンツンしてるけど、ふたりきりになったら素直になってくれるんでしょ! そういうのって日本で流行ってるじゃん! 確かツンデレ……」 「あんたが勝手に思い込んでるだけだっつーの!」 ジョセフの言葉を遮るように叫んだ後、嫌な予感がして視線を横にずらしてみる。するとそこでは承太郎が、怒りに満ちた形相で仗助とジョセフを見据えていた。 まずいと思った時には、すでに遅かった。 「うっとおしいぞ、てめえら!」 「ごめんなさいっ!」 背後にスタンドをちらつかせた承太郎の剣幕に怯んだ親子の声は、見事に重なり合った。 「承太郎はさあ、俺が昔に死んだ時はどう感じた?」 トイレで用を足してドアを開けた時、そんな言葉が聞こえてきた。 ドアノブを握ったままの手が固まって動かなくなる。仗助は先ほどまでいた、ジョセフが泊まっている部屋の中に戻れずに立ちすくんだ。 信じられないことを聞いてしまった。ジョセフはこうして生きているのに、死んだとはどういうことだ。そんな話は知らない。 「何年前の話だ……今更だぜ」 「俺、お前には感謝してんだ。承太郎が生き返らせてくれたおかげで、俺は今ここにいられるんだから」 「あの旅で俺達が失ったものは大きすぎた。その上、あんたまで失ってたまるか」 「お前がそういう子に育ってくれて、すげえ嬉しい。ホリィにも感謝しなきゃな」 ここからではふたりが、どんな表情で会話をしているのか全く見えない。それでも、仗助が割り込める雰囲気ではないことくらいはすぐに分かる。 仗助があのふたりと過ごした時間と、承太郎とジョセフが一緒に過ごした時間は比べ物にならない。そんな事実が今になって、仗助の胸に重く響いた。 自分は嫉妬しているのだろうか、だとすれば一体どちらに? それとも両者それぞれにか。悲しいほど厚い壁は多分、一生かかっても崩すことはできない。 足音を控えめにしながら部屋に戻ると、気付いたジョセフと承太郎が同時にこちらを見た。 「仗助、遅かったじゃん」 「……俺、今日はもう帰るわ。せっかく学校まで来てくれたのに、申し訳ねえけどよ」 なるべく感情を抑えた声でそう言った仗助は、鞄を掴んでそのまま帰ろうとした。 しかし、今まで黙っていた承太郎に腕を掴まれて阻まれる。 「離して、くださいよ」 「言いたいことがあるなら、全部吐いてから帰りな」 「別に、そんなもんは」 曖昧な言葉でごまかそうとした途端、仗助の腕を掴んでいる手に更に力が入ってきた。 「っ、承太郎さん……!」 「お前との付き合いは長くねえが、何かあればすぐに分かる」 承太郎はそれ以上何も言わずに、ひたすら視線で圧倒してくる。仗助は観念して、大きく息をついた。 「何も知らねえお邪魔虫は、消えようと思っただけで」 仗助の呟きに部屋は何秒か静まり返ったが、ジョセフの盛大な笑い声がそれを破った。そして承太郎の方は、どこか気の抜けた顔になっている。 「じじい、何がおかしいんだよ」 「ごめんごめん、まさかそんなことで悩んでるとは思わなくてさ!」 「何かと思えば……くだらねえ」 「じ、承太郎さんまで」 混乱している仗助の腕から、承太郎の手が離れていく。感じていた強い痛みが消えた。 「仗助ってさあ、俺達が何のためにアメリカから来たか忘れてない?」 「それは……」 「俺達が仗助を邪魔だなんて、思うわけないだろ」 ジョセフの言葉と笑顔が、ささくれていた仗助の心を癒す。承太郎もジョセフと同意見のようで、仗助に向かって小さく頷いた。 ふたりはこんなにも、仗助を大切に思ってくれている。もう落ち込む理由はどこにもない。 「隠すつもりはなかったんだけど、仗助に話してないことはまだたくさんあるよね」 そう言ってジョセフは、仗助に優しく微笑んだ。父親らしい雰囲気を感じさせながら、更に続けた。 「お前が知りたいこと、話してあげるよ。ねえ、何から聞きたい?」 |