玄関のドアを開けた先に立っていた承太郎を見て、言葉が出てこなかった。 「遅くなって悪かった」 アメリカに帰る彼と最後の夜を過ごしてから、約2ヶ月振りだ。その後はたまにかかってくる電話で声を聞いていたものの、直接触れていた時の心地良さや疼きが 忘れられず、通話が切れた後でひとりになった空しさを何度も感じた。 声だけで満たされるはずがなかったが、自分から会いたいだの寂しいだのと言って弱みは見せたくない。 そんな時、仕事の関係で近々日本を訪れるという話を本人から聞いた。用事を済ませた後は久し振りに会って話がしたいと言われて、もう少し先のことなのに密かに浮かれていた。 そして今日、いよいよその日を迎えた。しかし実際に承太郎が露伴の家を訪れたのは、予定より数時間も遅い夕方だった。予想以上に仕事が厄介なことになっていたらしい。 「別に怒ってないですから、謝らないでください」 「ここにいられるのは、あと30分くらいなんだが」 それを聞いて、承太郎に向かって伸ばした手が止まる。あまりにも短すぎて、頭で思い描いていた計画が全て狂った。どこかで食事をした後で一緒に海へ行って、その後は 家でふたりきりで過ごすはずだった。 たった30分で一体何ができるだろうか。こうしている間にも時間は過ぎていく。状況は厳しいものだが、むしろ残り時間が短くても会いに来てくれた事実に感動する。 触れようとして中途半端な位置で止まったままの手を引っ張られて、抱き締められた。 「本当は、色々したかったんですけどね。時間があれば」 「詳しく聞きてえな」 「……言いたくない」 実現不可能なものを口に出して訴えても無意味だ。家で食事を作る暇があればこうして抱き合っているほうがいいし、もちろん今から海へ行く余裕もない。服を脱いで慌ただしく行為を 済ませるのは味気なさすぎる。承太郎のスタンドを使っても、時間を永遠には止められないのだ。 もし身体を重ねることなくただの知り合いのままで離れていたら、これほど苦しくはならなかったかもしれない。 時間が経って承太郎がここから去ってしまっても、今感じている全てを覚えていられるように胸元に顔を埋める。 原稿を早めに終わらせれば、充分に金はあるのだからこちらから会いに行くことも少しは考えた。しかし実際にそうしなかったのは、本来なら承太郎がアメリカに帰った時点で終わらせ なければいけない関係だからだ。それでも電話で声を聞きながら、ずるずるとここまで来てしまった。突き放そうとしても結局は引き戻される。 ろくな会話もせずに玄関で抱き合ったまま、一緒にいられる時間はそろそろ半分を過ぎた頃か。本気で愛されていると思ったことはないが、せめて別れる瞬間までは現実を忘れていたい。 back 2011/10/31 |