怒りが頂点に達した時、腹の中が熱くなった。こんな感覚が本当にあるのだと思うと信じられない気分だ。
「はいそうですかって素直に納得できるほど、ぼくはお人好しじゃないんだよ! どうせあんたは向こうに帰ってしまえば何もかも忘れて、奥さんと過ごすくせに! いいご身分だな!」
「落ち着け、露伴」
「軽い気持ちでぼくを抱いた気分はどうだった? 満足したか? あんたにとってのぼくは、女と違って妊娠の心配もなくやりたい放題できる、都合の良い相手だもんな。日本にいる間、性欲を存分に吐き出せて気持ち良かっ……」
 そこまで叫んだ途端、頬に強い衝撃を受けて絨毯に尻をついた。口の中に広がる血の味、じりじりと続く頬の痛み。承太郎に殴られたのだと、数秒遅れて理解した。
 目の前に立っている彼は、無表情でこちらを見下ろしている。やけに冷めているその目に、凄みを感じる。分かりやすい怒りよりもぞくぞくした。
「さっきから聞いていれば、勝手なことばかり言いやがって」
「全部事実じゃないか! だから今更、終わりにしようなんて平気で言えるんだろ?」
 いつも通り、承太郎の部屋を訪れてみれば何かがおかしかった。温もりを求めて伸ばした手は避けられ、さりげなく距離を取られている気がした。どんなに鈍感な馬鹿でも、 様子がおかしいとすぐに気付く。我慢できずに問い詰めると、もう会わない方がいいと告げられて呆然とした。そして、続いて胸に生まれてきたのは怒りだった。
 数日前に会った時は、気が遠くなるほど甘い時間を過ごした。抱かれていなくても、夜道で密かに絡めた指の熱さに震えた。愛されていると錯覚してしまいそうなほどに。
「あんたみたいな人でなし……ろくな死に方しないぜ、きっと」
 そう言って、露伴は肩を揺らしながら笑った。明らかに避けられて突き放されて、これ以上執着してもどうにもならない。嫌われているのなら、落ちるところまで落ちてしまいたかった。
 どうせもう、優しく抱き締められることもない。全部終わった、思い出すたびに辛くなるだけの過去だ。
 壊れた玩具のように乾いた笑い声を止められない露伴に、承太郎が歩み寄ってくる。何をするつもりなのか分からずに彼を見上げていると、絨毯に置いていた右手を踏みつけられた。 突然の痛みに呻く露伴にも構わず、更に靴の踵に体重をかけてくる。
 骨が砕けてしまうのではないかと思い、冷や汗が流れた。露伴にとって、身体中で1番大切にしている部分だと分かっているくせに。ありったけの憎悪を込めて睨みつけても、承太郎は怯まない。表情ひとつ変えないまま、露伴に痛みを与え続ける。
 酷い状況に涙も出ない。本当に気が狂ってしまえば楽になれるだろうか。




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2011/11/13