こんな経験めったにできるものじゃない。
 ホテルの部屋の中、承太郎と唇を重ねながら露伴は密かに胸を弾ませていた。
 机の上に置かれていた本の隙間から見えた妻子の写真、そして左手の薬指にある指輪。 結婚している身でありながらこうして、海を越えた場所で妻以外の人間を抱いている承太郎は男としては最低だろうが、資料としては最高だ。スタンドで記憶を読むだけでは 味わえない生々しさを与えてくれる。外見も好みだったので、ただの顔見知りだった頃からじわじわと距離を詰めて、身体の関係まで持ち込むことに成功した。
 誰かに迷惑をかけるかもしれないとか、そんな健気な感情は持ち合わせていない。どうせ承太郎がこの町を離れるまでの付き合いだ。好奇心が満たされるまで奪い尽したら、 さっさと断ち切ればいい。
 これからは少年向けだけではなく、あらゆる年齢層をターゲットにした作品を描いていくためには、普通に過ごしていては不可能な経験も積み重ねていく必要がある。 リアリティの欠片もない想像だけで、読者を夢中にさせることはできない。次々と他の漫画が発表されていくにつれて、読者の目は確実に肥えていくのだから。
 唇が離れた後、承太郎の腰に両腕をまわして身体を密着させる。思わず笑いが漏れた。
「ぼくとセックスしてる時って、何を考えているんですか?」
「聞いてどうする」
「男相手に欲情してる承太郎さんの気持ちを知りたいんです。激しくしてもいいから、教えてくださいよ」
「……何か企んでやがるな」
 身体の芯まで響いて染み込むような、低い声。後ろから乱暴に犯されながら、卑猥な言葉を囁かれると興奮する。更に貪ってほしくて、わざと煽るような言動で誘う。
 まるでアダルトビデオの女優にでもなった気分で、内蔵を抉る承太郎の性器が中でどうなっているかを実況してやる。当然、精液をねだるのも忘れない。外に出されるのはつまらないからだ。 最後は中に注ぎ込まれてこそ、セックスをしているという実感がわく。後処理も含めて、全てが気持ち良い上に楽しい。
 承太郎も途中で怖気づくくらいなら、最初からこんな歪んだ道には踏み込んではいないはずだ。
 今やってみたいのは、承太郎がアメリカにいる妻と電話をしている最中にズボンのジッパーを下ろして性器をしゃぶることだ。上目遣いで舐め上げてやれば、どんな表情を 見せてくれるかを想像しながら、実現できる機会を待っている。
 ローターやバイブを買ってきて、それを使って遊ぶのもいい。
「奥さんに申し訳ないと思いながらも、快感に流されてるんでしょうか。それとも」
「うるさい奴だな」
「それくらい、あなたに興味があるんですってば」
「あんたの目的に、おれが気付いてないとでも思ってるのか」
「目的?」
「漫画のためにおれを利用しているんだろう」
「もしそうだとしても、別にぼくとあなたは愛し合ってるわけでもないし、どちらかが傷付くこともない。あなたは避妊の必要もなく気持ち良く中出しできるし、 ぼくは良い作品を描くための経験ができる。割り切った大人の付き合いですよ。何か問題でも?」
 あなたの予想が当たっていればの話ですけどね、と露伴は軽い調子で付け加えた。承太郎の予想は大当たりなのだが、心は冷静なままだ。
 伸びてきた手が、露伴のヘアバンドを取って絨毯に落とす。何だかんだ言ってやる気なのだと思うと愉快だ。今日はどんな面白い経験ができるのかと、わくわくする。
 ベッドに連れていかれるまでは、いつも通りだった。しかし承太郎は露伴を押し倒すどころかベッドの端に座らせると、同じように隣に腰掛ける。そして露伴の肩を抱き寄せて、 再びキスをした。角度を変えて重ねるだけのものを、何度も繰り返す。じれったくて苛立つ。もうそろそろ服を脱がされて、全身に愛撫を受けている頃なのに。
 目蓋にくちづけられて、妙な胸騒ぎがした。これではまるで恋人同士の戯れだ、バカバカしい。有り得ない。
「どういうつもりですか」
「何の話だ?」
「キスばかりしてる」
「たまにはいいじゃねえか」
 承太郎が意味深に薄く笑った。妻子持ちの男と、こんな甘ったるい雰囲気になってどうする。いつか少女漫画を描く日が来れば生かされる経験だろうが。
 この男と深く関わり始めたのは、漫画家としてリアリティを追求するためだ。好きだの愛してるだの、甘酸っぱい感情は欠片も抱いてなかった。今でも。
 本気にならなければ、指輪の存在に苦しめられることもない。




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2011/10/17