身体中からじわりとにじむ汗、激しくなる胸の動悸。そろそろ限界か。
 がんっ、と必要以上に強くテーブルにグラスを置く音はまるで、深く息をついた承太郎を咎めるようにも聞こえた。
「もしかしてもう降参ですか? 意外に弱いんですね」
 空になったグラスへ更に酒を注ぎながら、正面に座っている露伴が得意気にそう言った。
 こちらは半分ほど中身の残ったグラスを持ち上げる気力もないというのに、まだ成人したばかりの年齢であるはずの露伴の勢いは全く衰えていない。頬はうっすらと赤く染まっているが、しっかりと正気を保っているようだ。同じ瓶に入った酒を飲んでいることが疑わしくなる。
「ぼく、あなたとの勝負は本気で行くって決めてました。こうして戦えて嬉しいですよ。だから今は、承太郎さんを全力で潰す」
 ぼんやりとしてきた頭でも、最後の言葉からはとんでもなく恐ろしい響きを感じた。前に仗助やジョセフを交えてこの部屋で酒を飲んでいた露伴は、缶ビールを1本空けただけで 虚ろな目になり、ソファの背もたれに顔を埋めていつの間にか眠っていた。なのでこの飲み比べを挑まれた時は、余裕で勝てる気がしていたのだ。
 しかし現実はこの有様だ。もしかするとあれは、今日の勝負に備えて承太郎を欺くための演技だったのかもしれない。
 このまま負けを認めるのは面白くないが、これ以上意地を張っていると露伴の宣言通りに潰されてしまう。
「……強いんだな、あんたを甘く見ていたようだ」
「このぼくが、酒に飲まれるとでも思ってましたか?」
 指先で唇についた酒の滴を拭い、それを舐め取る。普段なら何とも思わないような露伴の仕草が、今は卑猥なものに見えた。完全に酔って頭がやられているせいだと思いたい。
 承太郎が泊まっているホテルの部屋で、こうしてふたりきりで向かい合って酒を飲んでいる。その経緯はどうであれ、友人とも言い難いただの知り合いにしてはきわどい シチュエーションだ。しかもあと2時間ほどで日付が変わるという夜遅い時間に。
 もし相手が女なら間違いが起こっても不自然ではないが、目の前にいるのは自分と同じ男だ。 よほど性癖が歪んでいなければ、手を出そうという気にもならないだろう。しかしこちらの様子を窺うように見つめてくる目に、全てがおかしくなりそうだった。
「もう、限界だ」
「じゃあ、ぼくの勝ちですね」
「悪いが歩けそうにねえんだ、帰る前にベッドまで肩を貸してくれ」
 手元に置いたままのグラスを眺めながら訴えると、立ち上がった露伴が近づいてきた。
遮るものもなく距離が縮まり、この身体を支えようとする腕が伸びてくる。 露伴のほうに寄りかかった途端、くらっと意識が揺れて力が入らなくなった。そんなつもりではなかったが、絨毯の上に彼を押し倒してしまう。
「ちょっ、重いっ……!」
 体重を乗せられて文句を言う露伴のイヤリングの細かい造りを、これほど間近で見たのは初めてだった。その耳も唇も、何もかも。
 どこからか生まれてきた、露伴をもっと知りたいという欲求に従い、引き締まった腹に触れた。脇腹を軽く撫でると、頭上から短い声が聞こえてきた。堪えていたのに出てしまったというような。
「気持ち良かったのか」
「違う、そんなところに触るからくすぐったくて」
 目を覆い隠している片手をどかすと、そこは誘うように濡れていた。言葉よりも遥かに生々しい説得力を持つ視線は、何かの引き金になるには充分すぎるほどの威力だった。
「もっとぼくも、潰れるほど酔っていれば良かった」
「どういう意味だ」
「そうすれば明日には、忘れられるから」
 押し返そうとしているらしい、承太郎の肩に触れた露伴の手は少し震えていた。やめてほしいのかほしくないのか、もはや正気を失った頭では冷静に判断できない。
 先ほど反応を示した脇腹に今度は顔を伏せ、唇や舌を使って感じる部分を探る。時間が経つにつれて、上がる声が甘くなっていった。やめろとも嫌だとも言われず、抵抗も してこないので引っ込みがつかない。腹の下で張り詰めている股間が苦しそうに見えて、解放してやろうとベルトの金具を外していく。
「……やっぱり、忘れられないかも」
 脱がされていく露伴の呟きが、濃密になる部屋の空気に溶けた。




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2011/9/28