15日前





帰宅すると、家の前にサンタクロースが立っていた。
この時期によく街中で見かけるチラシやポスターに描かれているような、小太りの体型をした老人ではない。背は高く足も長い、青い目をした若い男だ。お馴染みの三角帽子 や、ボリュームのある白い髭を付けていても分かる。
彼の足元には、見覚えのある小さな犬が座り込んでいる。頭に取り付けられたトナカイの角のようなものが邪魔くさいのか、しかめっ面でしきりに首を振ったりと落ち着かない様子だ。
謎のサンタ男と、彼と向かい合った億泰を通りすがりの親子連れがちらちらと見ている。クリスマスには少し早い今日、これは周囲から見ても変わった光景だろう。

「……トニオ、こんなとこで何やってん」
「ワタシはサンタクロースデスよ」
「はあ」

億泰の言葉を遮るように、サンタ男は真顔で断言した。何がなんでも自分の正体を認めたくないらしい。いくら頭が悪いと言われ続けている自分でも、彼の持つ雰囲気は どんな格好をしていても感じ取れるのに。

「店はどうしたんだよ」
「今日は臨時休……じゃなくて。ひと足早く、良い子の元に参上したというわけデス」
「えっ、良い子っておれのことか?」
「他に誰がいるんデスか」

目を細めるサンタ男の足元では犬が、散歩中の大きな犬に向かって勢いよく吠えている。散々首を振ったせいで外れかけているトナカイの角が、いよいよ滑稽に思えてきた。

「おれ、あんたが思ってるほどいい奴じゃないぜ。兄貴が生きてた頃は色々やらかしたしな」
「そういう奥ゆかしいところも、ワタシは好きデスよ」

歯の浮くような気障な台詞も、異国生まれのこの男ならぴったりはまっている。日本人ならこうはいかないだろう。
改めて、目の前のサンタ男を見上げる。億泰のためにわざわざそんな格好までして、この寒い中ずっとここに立って待っていたのか。
サンタクロースが空想上の存在だというのは、小さい頃から知っていた。大量のプレゼントを乗せたソリもトナカイも、あんなふうに空を飛ぶわけがない。 会ったこともない世界中の子供達が何を欲しがっているのか、正確に把握できるのもおかしな話だ。
世間一般で、最もサンタクロースに近い存在とされている父親もああいう状態だ。唯一の支えであった兄がいなくなった今では、クリスマスだの何だのと浮かれている余裕はない。
しかしこうしてサンタクロースの格好をして現れた男に、億泰は密かに感激していた。心のどこかでは、幸せを届けてくれる存在を求めていたのだろうか。
億泰は苦笑するとサンタ男の顔に手を伸ばし、白い髭を軽く引っ張る。するとどういう方法でくっついていたのか、それは意外なほど簡単に外れた。

「とっくにバレてるって、気付いてるよな?」
「もう少し遊びたかったんデスけどね」
「いつまでも騙された振りができるほど、おれは良い子ってやつじゃねえからな」
「意地悪な億泰サンも興奮しマス、今度踏まれたいデス」
「面白い奴だよなあ、あんたって」

トニオの言葉の意味を深く考えずに笑う、億泰の目線の高さまでトニオが軽く屈む。あっと言う間に視界も心も、この男に染められた。
暗くなりかけた空の下、クリスマスはすぐそこまで近づいてきている。




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2011/12/10