カラメル 買い物を終えて店から出た途端、待ち構えていたかのようにマイクとカメラを向けられた。 「こんにちはあ〜、杜王テレビの者です〜! こちらのお店今日からリニューアルオープンでしたよね! いつもここでお買い物されてるんですかあ?」 スーツ姿の女性が、やけにテンション高く問いかけてくる。突然のことだったので驚いて言葉が出なかったが、ようやく状況を把握できた。 仗助が月に数回立ち寄っているこの店は、男性向けファッション雑誌によく商品が掲載されている人気店だ。 値段は少々高めだけあって、売られている服やアクセサリーは全て質が良い。 久し振りにここで買い物をしている最中、店の外がやけに騒がしいと思っていたらテレビ局が来ていたのだ。先ほどリポーターらしき女性が言っていた通り、前に来た時 とは内装がかなり変わっており、日曜である今日にちょうどリニューアルオープンしたことを知った。そしてまさか、自分がインタビューされるとは思っていなかった。 「そうっスねえ、デザインとかすげえ好きなんで学校帰りに寄りますね」 「学生さんなんですかあ! 背も高いし、すごく大人っぽいですよねえ!」 「えー、いやあ、褒めすぎっスよお!」 「良かったら今日買われたもの、見せていただけますかあ?」 女性の勢いに乗せられるままに、仗助は店の名前が入った黒い手提げ袋の中から買った服を取り出そうとする。しかしそれをカメラの前に披露することはできなかった。 突然、後ろ頭に強い衝撃が走ったのだ。 「調子に乗って間抜け面を晒すな、このスカタン!」 聞き慣れたその声に反応して振り返ると、そこにはいつの間にか露伴が立っていた。片手には分厚い本を持っており、多分それで頭を殴られたのだ。 別に一緒に買い物に来て、外で待たせていたわけではない。今日は約束をしていなかったので、ここで会ったのは偶然だ。この広い町の中、まさに奇跡的だと思う。 「おい、何なんだよ急に! 殴ることねえだろうが!」 「僕は悪くない、お前がこんな化粧の濃い女に鼻の下を伸ばしているせいだ!」 「言いがかりはやめてくれよ! インタビュー受けてただけじゃねえか!」 「何だお前、芸能人にでもなったつもりか? ああ?」 これが生放送で流れているのも忘れて、仗助は本格的に露伴と口喧嘩を始めてしまった。 リポーターの女性やスタッフは困惑しながら、映像をスタジオに切り替えるように 指示する。 生まれて初めてのテレビデビューが、すっかり台無しになってしまった。 昨日の夕方に仗助がインタビューを受けたのは地元のローカル番組とはいえ、さすが10年近くも安定した視聴率を誇っているだけある。一夜が明けて学校に着いた途端に あの番組を観たらしい大勢の生徒達に囲まれた。 偶然録画したものを何度も観ただの、途中から出てきた人とはどういう知り合いだのと、うんざりするほどの質問攻めに 遭ってしまった。中には露伴のことを知っている生徒も居て、先生とは友達ならサインを頼んでほしいと熱心にせがまれたりもした。 そしてあれがきっかけで仗助は芸能界からスカウトが来ているという、意味不明な噂まで立っていて困惑した。どう考えても、あれくらいで芸能界入りなどできるわけがない。 授業を受ける前から疲れてしまい、気がつくと1時間目が終わるまで居眠りをしていた。 「ますます有名人になっちまったなあ、仗助」 「こっちはいい迷惑だぜ……」 休み時間に仗助のクラスに遊びにきた億泰の言葉を、机に顔を伏せながら聞いていた。 「これがきっかけで彼女できたりしてな、お前って普段からモテてるし、告られまくりだろ!」 「告られたことなんか1度もねえよ」 「えっマジで、嘘つくなって!」 いつも声をかけてくる女子は皆、気軽に友達に接するような雰囲気を感じる。多分、男としては見られていないだろう。もし誰かに告白されたとしても、自分にはすでに 勇気を出して想いを告げた相手が居るので、受け入れることはできない。 いくら憎たらしい言葉を投げつけられても、たまに見せてくる愛情で全てリセットして抱きしめたくなる。我ながら単純すぎる気もするが、すでに本能なので仕方がない。 そんな相手は女ではなく、自分と同じ男だという事実は未だに億泰にも話していない。裕也は何も言ってこないが、仗助とは違って女慣れしているせいか色恋沙汰には 特に鋭いので、嗅ぎ付けられている可能性は十分だった。露伴に気に入られている康一も、接する機会が多いので薄々と感付いているかもしれない。 関係を悟られたとしても、それを理由に別れるつもりはなかった。告白すると決めた時から、もし気持ちが通じていたら絶対に離さないと心に誓ったのだ。 「お前、その服……」 「この前インタビュー受けた日に、店で買ったんスよ」 玄関で仗助の服装を見て、露伴は少し驚いたような顔をした。 いつもは学校が終わるとそのまま露伴の家に立ち寄るのだが、今日は1度家に戻ってから来たのだ。制服から私服に着替えるために。 胸元や首筋のあたりの肌を広く晒している、Vネックの黒いセーター。下はシンプルに、元から持っていたジーンズを合わせた。最近は寒くなってきたので、薄着は辛いと 思い買ったものだ。サイズはあえて大きめの、ゆったりしたものを選んでみた。 「いつもと違う俺、どう?」 「……別に、大して変わらない」 身を少し屈めて露伴の顔を覗き込むと、そっけなく目を逸らされてしまった。そんな反応をされることは分かっていたので、今更不満を感じたりはしない。 「あんたと俺、一緒にテレビに映っちまったよな」 「それがどうした」 「もし俺との今の関係が周りにばれたら、露伴はどうすんの」 何気ない調子でそう問いかけると、仗助の数歩先を客間に向かって歩いていた露伴の足が止まった。こちらを振り向いたその表情は、少し厳しいものだった。鋭い目線に 心ごと射抜かれる。 「お前は僕に、どうしてほしいんだ?」 「それは俺が聞いてんだけど」 「後悔するくらいなら、最初からお前を受け入れていない」 遠まわし気味だが、潔いその言葉に胸が締め付けられた。あまりにも強く響いて、露伴の前で泣いてしまいそうになる。この男の、こういうところがとても好きだ。 無言のままお互いに唇を寄せて、それを重ねた。生々しく温もりを伝え合う舌も指も、存在を確かめるように執拗に絡める。 好きだと何度囁いても足りないので、今は口には出さない。 |