アイドルの夜明け/前編





「今回の新曲は振り付けがすげえ難しくて、でも露伴にきっちり教わったので大丈夫っス! 誤解されがちだけど意外に後輩想いなんでー」
「おい仗助、余計なこと言うんじゃないよ!」

歌番組の収録中、曲についてのコメントを司会から求められた仗助が笑顔で口に出した言葉に動揺した。そんな生温いエピソードを披露されては調子が狂う。 普段は攻撃的なトークで炎上を招いている露伴が、後輩の面倒をしっかり見ているという話に驚いたのか客席から小さなどよめきが起きた。
別に好んで教えたわけではなく、単純に自分がセンターを務める曲で見苦しいダンスをしてほしくなかっただけだ。何故か仗助は、露伴を実は良い奴だというイメージを視聴者に植え付けようとしているらしい。大きなお世話だ。
更にメールでの質問に答えるコーナーでは、『自身の評判について気にしたことはありますか』という露伴宛ての質問に対して、「手間暇かけてぼくのことを調べて、でかい声で毎日宣伝してくれる奴らってアンチっていうんだろ? そいつらの評判なんてどうでも、ぼくはやりたいようにやるだけ」と、いつもの調子で視聴者を挑発することも忘れない。
自分がテレビ番組で喋ると他のメンバーを含め、周囲の空気が張り詰めるのが快感だ。


***


年齢の幅はあるものの、10人近い男が堅苦しい軍服を着てステージに立つ光景を観客はどう思うだろうか。光沢のある黒いブーツと、わずかな緩みもなく締めた同色のネクタイ。センターの露伴だけが左腕に赤い腕章を付けている。
それまでは自分だけの定番であった肌の露出を完全に封じられた。曲自体も承太郎の在籍時代はバラードが多めだったが、今回は激しいロック調だ。何もかもが初の試みであるこの曲が売れなければ、露伴が戦犯となる。しかも軍服姿で。
センター交代という話題性もあって売れた前作のように、上手くいく保証はどこにもない。
周囲の準備が整い、耳に付けたイヤモニから曲が流れ始めると心臓が大きく跳ねた。


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『19番、東方仗助です。好きな……いえ、憧れているメンバーは空条承太郎さんです。あんなカッコイイ男のそばで踊りたくて、加入を希望しました』

露伴が初めて仗助を見たのは、グループの追加メンバーを選ぶオーディションの会場だった。その日は空き時間を利用して、これからどんな人間が入ってくるのかをいち早く知るために立ち寄ったのだ。
自己紹介の内容も珍しいものではなく、すぐ後に披露した歌も驚くほど上手いとは言えなかった。しかし年齢の割にかなりの長身で、日本人離れした顔立ち。立ち姿や雰囲気だけでも、他の参加者とは明らかにレベルが違いすぎる。
そして最終審査まで残った20人のうち、合格したのは仗助ひとりだった。露伴は仗助が選ばれる予想はしていたが、まさか予定の人数よりここまで大幅に絞り込まれるとは思わなかった。
ジョセフは当時から仗助が何かを『持っている』と感じていたのかもしれない。結局承太郎を脅かす存在にはならなかったが。


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発売初日の売り上げ約60000枚、デイリーランキング1位。これが露伴がセンターになって以来、2枚目のシングルで出した結果だった。初センターを務めた前作より枚数はわずかに減っているが、卒業した承太郎の後継者として恥ずかしくないものになった。
同じく初日で数千枚しか売れなかった昔に比べれば、大きな進歩だ。

「おれ達1位だってよ、やったな露伴」

露伴より遅れて事務所を訪れた仗助が、完全に舞い上がった様子で声をかけてきた。顔を合わせた時の仗助は高確率で制服姿だ。教師である母親との約束で、勉強と芸能活動をきちんと両立させなくてはならない。成績が下がりすぎると強制的に引退させられるらしい。

「当たり前だ、ぼくがセンターになったからには週間でも1位狙うぞ」
「昔は5位以内に入るのも難しかったのにな……なんか信じられねえよ」

純粋な実力だけの結果ではないと分かっている。露伴のスキャンダルや言動による話題性、そして事務所の力。何の後ろ盾もなくただ歌が上手いだけでは目立てずに、やがて埋もれて消えて行く。 芸能界はまさに戦場、そして自分達は兵隊だ。少しでも隙を見せれば、背中を撃たれて死ぬ。覚悟を決めて足を踏み入れた以上、そんな世界で生きるしかないのだ。
そんな時、仗助が急に深刻な表情になった。事務所の隅に導かれ、低い声で囁いてくる。

「……気のせいかもしれねえけど、おれもしかして尾行されてるかも」
「どうせお前のファンだろう」
「いや違う、すげえ不気味なんだよな。遠くから見張られてる感じでこえーんだよ」

それはよく露伴のスキャンダルを狙ってくる雑誌記者だろうか。しかし恋愛沙汰とは無縁の仗助を見張っても、埃のひとつも出てこないはずだ。デビュー当時からそれは変わらないので、今更ターゲットにされる理由はない。
自分達のグループには恋愛禁止ルールは存在しないが、健全なイメージが売りの仗助のスキャンダルともなれば、ファンに与える衝撃は計り知れない。汚れ役はひとりで充分なので、空振りになることを願うばかりだ。


***


数日後、ドラマの収録へ向かう前にテレビの電源を入れた途端に露伴は目を疑った。

『人気アイドルグループのプロデューサー、16年前の過ちが明らかに』
『東方仗助は不倫の末に生まれた隠し子だった』

画面には露伴達が所属する事務所のビル前に群がる記者達、カメラに向かって大声でまくし立てるレポーター。事務所から出て車へ向かうジョセフを次々に照らすカメラのフラッシュが、悪夢のように繰り返される。
我に返った露伴は携帯電話を手に取り、仗助にかけてみたがコール音が延々と続くだけで繋がらない。今は授業中の時間だと改めて気付いたのは、画面に仗助が通う学校が映し出されたからだった。




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2012/11/5