純愛の条件 最悪な出会い方をして以来、何だかんだで僕はあの仗助と付き合うことになった。 その経緯を説明すれば長くなる上に厄介なので省略させてもらうが、告白してきたのは向こうからだということだけは強調しておく。 しかもあいつときたらただ好きだと言うだけでなく、やけに遠まわしに『俺が好きなのは、わがままで強引で大人げなくて自己中で、周りを巻き込んでも平気な顔してる奴』だのと、聞いた限りでは誰のことか分からない言い方をしてきた。後からそれが僕のことを指していると知った時は非常にむかついたが、あいつがあまりにも熱心で、それでいて不器用なやり方で想いを告げてきたせいで、僕としたことがうっかり情に流されてしまったのだ。 女慣れしているかと思っていたが、意外にも純情な奴だった。初めて恋人とデートする時は手を繋ぎながら町を歩いて、映画でも観た後は食事に行ってどうのこうのと、聞くだけで背中がむずがゆくなる理想を抱いているという。まさか僕は、そんなどこかの少女漫画のようなデートに付き合う羽目になるのだろうか。冗談じゃない。いい歳した男同士が手を繋いで歩くなんて、周囲から見たら異常すぎる光景だ。僕たちは怪しい関係ですと、常にアピールしているようなものだ。 結局僕たちは付き合い始めてから数週間経っても、まともに触れ合いもせず、もちろんキスのひとつもしていない。どこの清純派カップルなんだか。あいつのことだから、キスをするにも理想のシチュエーションとやらを考えているかもしれない。別に人目に付かなければどこだっていいじゃないか、面倒くさい。 いつまでこの関係が続くかは分からないが、もしかしたら何もできずに別れる可能性もある。どうせあいつは女子に人気があるみたいだし、相手には不自由しないだろう。 将来を誓い合うことなどできない僕じゃなくても、きっと……。 買い物帰りに町を歩いている最中、近くの歩行者用の信号が点滅しているのが見えた。 道路の向こう側に行く用事のない僕には関係ないと思っていると、横断歩道の真ん中でもたもたと歩いている誰かに気付いた。歳の割には背の高い、杖をついた老人。 あのペースだと信号が赤になっても渡り切れず、危険だ。そう思いながら顔を見た途端、僕は絶句して老人に駆け寄った。そして白い手袋に包まれた手を握って、早足気味に歩道へと導く。渡り切った直後に信号の色が変わり、車が一斉に動き始めた。 「全く……何やってるんですか、ジョースターさん!」 僕が少し苛立ちながら強い口調で問いかけると、老人は普段通り、おっとりした雰囲気を崩さずに微笑む。 「ちょっと急げば間に合うかと思ったんじゃよ、心配かけてすまなかったのう」 記憶を読ませてもらった時から、その経験と知識の豊富さに敬意を抱いたが、さすが仗助の父親だ。どれだけ調子を狂わせる人物だろうか。僕はこの親子とは変な因縁でもあるのではないかと、根拠もなく思ってしまう。 スタンド能力を持っているとはいえこの人を、ひとりで町を歩かせるのは危険すぎる。誰か付き添ってやれよ。 「わしのために走ってきてくれて、露伴君は優しい子じゃ。ありがとう」 「……偶然見つけただけですよ」 「ところで最近、仗助とは上手くやってるのかな」 「えっ!?」 「あいつと付き合っとるんじゃろ?」 ジョースターさんは愉快そうに目を細め、にやにやと笑う。仗助が喋ったのか、それとも察したのか。この人はとぼけた老人をわざと装っているのではないかと思うほど勘が鋭い時があるので、もしかすると後者かもしれない。それにしてもジョースターさんは、男同士が付き合っている事実に対して何の抵抗もないのか。 ここで認めると次々に突っ込まれそうなので、今は知らない振りをすることにする。 「な、何のことか分かりませんが」 「まあ、わしは前からこうなる気がしていたがね。そうかそうか」 「だから僕とあいつは……!」 僕が必死になって反論していると、ジョースターさんは急に真面目な表情になる。そして僕の耳元に顔を寄せてきた。突然距離が近くなり、通りすがりの学生が何事かといわんばかりの様子でこちらに視線を向けている。見せ物になるのは勘弁だが、ジョースターさんを突き放すことはできなかった。これでも僕は、この人を尊敬しているのだから。 「奥手でちょっと頑固なところがある奴じゃが、あいつをよろしく。露伴君」 そこまで言われてしまっては、これ以上否定する気が起こらなくなる。僕はもう諦めて、深くため息をついた。 『なあ、ちょっと聞きたいんだけどよ』 その日の夜、僕に電話をかけてきた仗助の声はどこか不機嫌そうだった。当然僕は、こいつを怒らせるようなことをした記憶がない。 『あんたって、じじいのこと好きなのか? その、恋愛の意味で』 「はあ? どうしてそういう発想にたどり着くんだ、ばかばかしい」 『俺、見たんだぜ……今日、あんたとじじいが一緒に居るのを』 それを聞いて、僕はようやく仗助が誤解をしているのだと分かった。確かにジョースターさんが僕に耳打ちする時に顔を近付けたりして、何も知らない人間から見れば少しは意味深だったかもしれない。しかし実際、僕はあの人に仗助が心配するような感情は持っていない。これは断言できる。 「まさかお前、嫉妬してるのか」 『しっ、嫉妬とかそんなんじゃねえよ! 気になっただけだ!』 「いいか仗助、あの人と僕は何も」 そこまで言って、僕の中にある考えが浮かんだ。告白してきたくせに、いつまで経っても何もしてこない仗助に僕は不満を感じていた。したいなら僕から迫るという選択肢もあるが、まるで飢えているように思われるのが嫌だった。ここは延々と何も変わらない流れを変える、いい機会かもしれない。 「ジョースターさんと付き合うのも、面白いかもな」 『……えっ』 「あの人はお前と違って、僕の漫画に興味を持ってくれている。それに色々な経験も積んでいるだろうし……な」 最後の方は思わせぶりな調子で言うと、電話の向こうが沈黙した。聞こえてくるのはかすかに震えている息遣いだけだ。顔は見えないが、かなり動揺しているのが分かる。 『そんなにじじいの方がいいなら、勝手にしろよ!』 仗助は一方的に怒鳴りつけると、僕の返事も待たずに電話を切ってしまった。大体予想通りの反応だった。やりすぎたかもしれないと思った時には、すでに遅かった。 勝手にしろと言われても僕は仗助と別れて、ジョースターさんの愛人になるつもりはない。この僕がそう簡単に心変わりするなんて有り得ないのに。 あれから三日ほど経っても、仗助は僕に会いに来ないし電話もない。厄介なことになった。これは僕から折れなければならないのかと考えたが、冗談を本気にして勝手に腹を立てているあいつが悪い。そう思いながら、頭に浮かんだ考えを消し去った。 今日は朝から原稿に向かっているものの、いつもより進みが良くない。原因はよく考えなくても明らかだったが、認めたくなかった。今更悔やんでも時間は巻き戻らないし、仗助を軽々しく挑発した事実が消えるわけでもない。 恐ろしいほどまっすぐで純情なあいつを、僕は……。 真っ白な原稿を複雑な気分で眺めていると、玄関の呼び鈴が鳴った。出るのが面倒で深く息をついている間にも、何度も繰り返し鳴るのでとうとう観念して玄関に向かう。ドアを開けた途端に僕は息を飲んだ。そこには学校帰りだと思われる制服姿の仗助が立っていて、こちらをじっと見ている。言葉が出なかった。 「じじいのものになったあんたを想像したら俺、我慢できなかった。せっかく思いきって好きだって伝えて付き合えたのに、誰にも取られたくねえんだよ」 「……仗助」 「俺、今まで誰とも付き合ったことねえからさ。その……どういうタイミングで先に進めばいいのか分かんなくてよ。だからもしかして、あんたは物足りなくなっちまったから経験豊富なじじいのほうに心変わりしたのかって、思って」 仗助はそれ以上言葉を続けられなくなったのか、俯いて黙り込んだ。僕はそんな様子を見て初めて、少しばかりの罪悪感を抱いた。こいつはまだ十六歳だ、恋愛に不慣れでもおかしくないのに、僕は多くを求めすぎた。 今にも泣き出しそうな仗助に近付き、その頬に唇を軽く押し当てる。びくっと身体を震わせた仗助は、驚いたような表情を浮かべた。 「簡単にお前を捨てるくらいなら、最初から付き合ったりはしないぞ」 「ろ、はん……?」 「僕としてみたいこと、言えよ」 耳元にそう囁いてから、僕は仗助とキスをしたりそれ以上のことをしている想像をする。付き合うのは僕が初めてだと言っていた仗助が、貪欲に僕を求めてくる姿。制服の下に隠されている肌の熱さ。見たことも感じたこともないのに、それらは僕の心を生々しく乱していった。 そんな僕に対して仗助は少し赤面しながら、僕を強く抱き締めた。かすかな香水の匂いと温もりを感じて、胸が甘く痺れる。 「とりあえず、一緒にカフェ行って甘いもん食いてえ……」 「はあ!?」 拍子抜けした僕は変な声を上げてしまった。やはりこいつはまだガキだな。 |