あまいせいかつ イタリアに来てから僕は、最大の危機を迎えていた。 現地で雇った通訳の女に財布や携帯、パスポートまで盗まれて途方に暮れ、何だかんだでたどり着いたホテルで事情を話しても、文無しの僕は冷たくあしらわれてしまった。 このままだと濡れた身体で野宿をしなければならない。寒さで震えながらフロントの前に立っていると、ひとりの男が僕の前に現れた。 「お困りのようですね。宜しければ私の家に来ませんか」 初対面の僕に対して、この男はずいぶん大胆な誘いをしてくる。一瞬だけ警戒したが、今の状態ではその言葉に縋るしかなかった。 これから家に帰るという彼の車に乗り、 数十分後に着いたのは大きな館だった。聞いた話では彼は会社を経営している金持ちで、もうすぐ50歳になる。いかにも紳士という感じの、上品で落ち着いた雰囲気を 漂わせていた。 僕は風呂に浸かりながら雨で冷えた身体を温め、男と一緒に夕食をとった。空腹が満たされた後で案内された寝室でふたりきりになると、男は唐突に僕を口説いてきた。 やけに親切だと思っていたが、結局これが目的か。僕は呆れながらも、どうやら同性の扱いにも慣れているらしい男の、甘い口説き文句とこの場の空気にすっかりやられてしまった。 危機から救ってくれた恩もあるので、少しくらいなら流されてもいいやと思った。 僕の服を脱がして肌に触れてきた男は、見た目の雰囲気からは想像できないほど獣のような 激しい動きで僕の身体を貪り、出会った時から崩していない敬語のままで卑猥な言葉を囁いてくる。彼から与えられる全てがたまらなくて、僕は背後から腰を打ちつけられ ながら声を上げて達してしまった。普段の様子とはギャップがありすぎる男とのセックスの虜になるまで、時間はかからなかった。 しばらく泊めてくれるという男の言葉に甘え、昼間は買ってきてもらったスケッチブックに絵を描いて過ごし、そして夜は帰宅した男に抱かれて濃密な時間を楽しんだ。 そんな日々が5日ほど続いた頃、昼間から男とベッドでいちゃついていると突然部屋のドアが開いて誰かが入ってきた。ベッドから身を起こした僕は、その人物を見て驚いた。 見慣れない黒いコートに同じ色の帽子、派手な柄のズボン。いつの間にか服の趣味を変えたらしい、承太郎さんだった。一体どういうことだ。 彼は無言でこちらに近づいてきたかと思えば、僕の隣で横たわっていた男をベッドから引きずり降ろし、ものすごい剣幕で殴り飛ばした。 この展開についていけずに呆然としている僕と目が合うと、承太郎さんは帽子を被り直してため息をついた。 「仗助の奴がうるさくてな、露伴と連絡が取れねえって電話で泣きやがる」 「携帯も何もかも盗まれたんですよ、仕方がない」 「さっさと服を着ろ、日本に帰るぞ」 それ以上何も言わずに、腕組みをして僕を見下ろしてくる。ここでの甘い生活も悪くなかったのにな、と僕は全裸で気絶している男を眺めながら下着に足を通した。 何日も過ごしているうちにすっかり馴染んだ館を後にして、僕は承太郎さんの隣を歩く。どうしてここが分かったのか、謎は深まるばかりだが聞ける雰囲気ではなかった。 その横顔を見ていると何だか昔より若くなっている気がする。とても30代後半という年齢には見えない。 「あんたがここまで節操無しだとは思わなかったぜ」 「節操も何も、僕は本当に困ってたんだ。変な誤解はやめてもらえますか……それに」 「それに?」 「僕が誰と寝ようが、あなたには関係ない」 10年ほど前、杜王町での事件がきっかけで知り合った承太郎さんとは特に深い関係ではなかった。スタンド使い同士として連絡先は交換していたが、ふたりきりで会うことも なく、事件解決後にたまに彼が日本を訪れた時には、仗助や康一君を挟みつつ話をする。それだけの関係だ。 なのにこんなに苛立っているのは、年下の叔父を困らせている僕が気に入らないのか。 肩を掴まれ、館を囲んでいる塀に背中を押しつけられた。顔を寄せてきた承太郎さんの息を耳元に感じて、混乱する。 「そんなに良かったのか、あの野郎とのセックスが」 「何、言って……」 「一発殴っただけじゃ、足りなかったかもな」 祖母の形見であるバッグの持ち手を握り締めながら僕は、今まで知らなかった囁きの熱さに身震いした。 |