帰る場所





嫉妬をむき出しにするのはみっともないことだ。
頭ではそう思っていても、本能は言うことを聞いてはくれない。全ては目の前で繰り広げられている不愉快な光景のせいだ。 露伴はグラスに注いだ酒にそれ以上口を付ける気にもならず、苛立っていた。

「じょーすけー! ちゅーさせろよ!」
「やめろよエロジジイ、触んな!」

青年の姿になっているジョセフが、自分の息子である仗助に絡んでいる。しかも酒が入っているせいか、いつもより激しく。
仗助のほうも嫌ならスタンドを出してでも抵抗するべきだと思ったが、彼もまた少しだけと言いながら飲酒しているせいで、まともに思考が働いていないようだ。 ここが自分の家でなければ、さっさとこの場から離れたい気分だった。しかしこのような苛立ちを抱えていたのは、露伴だけではなかった。

「くそっ、ジョジョの奴……久し振りに再会したというのに、これは一体どういうことなんだ」

露伴の隣に座って酒を飲んでいる男が、怒りをにじませた声色でそう呟いた。しっかりとした体格の、金髪の若い男。目の下に変わったアザがある。
60年以上も昔、ジョセフと共に大きな戦いに巻き込まれた末に命を落とした、シーザーという男だ。何故彼が若い姿のままでここに居るかというと、今日が1年に1度、 死者の霊が帰ってくる日だからだ。この町に縛られている鈴美と同じ、今のシーザーは生身の人間ではなく幽霊として存在している。
今朝、ジョセフが泊まっているホテルに現れたらしい。かつての戦友の存在に導かれてきたのかもしれない。その流れで、この4人で1日を過ごす流れになったのだ。

「ジョースターさんは仗助のことを、とても気に入っているそうです」
「まあ息子なんだし分かるけどな、限度があるだろう」
「僕もそう思います」

このままでは調子に乗ったジョセフが、仗助に更にとんでもないことをするかもしれない。スタンドで行為をやめさせることは可能だが、本来のジョセフの記憶に何らかの 影響が出る可能性もあるので、迂闊に記憶を消したり書いたりすることは避けたかった。若返っている時の記憶は一切残っていないのだから。

「おい、どこ触ってんだ……っん」
「何なに、ここ感じるの? 仗助えっちなんだからあ!」

そんな乱れた親子の会話を聞いた途端、露伴の中で何かが切れた。酒の入ったグラスをテーブルに置くと、隣のシーザーに近付いて身体を寄せる。

「シーザーさん」
「え?」
「向こうもよろしくやってることですし、僕達も楽しみませんか」
「なっ……!?」

酒のせいで妙に浮ついた思考に後押しされた露伴の囁きに、シーザーは明らかに困惑している。ジョセフとは戦友以上の関係だったのかどうかは分からないが、 先ほどの様子からして露伴と同じように複雑な気持ちを抱えているに違いないと思ったのだ。いつまでも一方的に、いかがわしい行為を見せつけられるのは勘弁だった。 抵抗しない仗助にも腹が立っている。向こうがその気なら、こちらも好きなようにやらせてもらう。

「許せないんです、じょうすけの……ことが」

小さく呟くと、露伴はシーザーの肩に寄り添った。逞しい腕の感触が心地良く、この熱い身体を支えてくれている。胸の奥から生まれた激しい嫉妬と酒の勢いが重なり合い、 今日逢ったばかりの男を誘ってしまうほど大胆な気分にさせていた。普段の自分なら絶対に有り得ないことだった。
ジョセフと仗助の様子を見たくなかったので目を伏せていると、シーザーの大きな手が露伴の肩を抱いた。

「俺もジョジョの奴に、むかついていたところだ」

見せつけてやろうぜ、と囁くとシーザーは露伴に唇を重ねてきた。それを何の抵抗も感じずに受け入れ、露伴はシーザーの背中に両手をまわす。
重ねるだけでは足りずに、更に深いくちづけを交わした。目を閉じ、お互いの舌が口内で絡み合う感覚に身も心も委ねていく。 仗助とのくちづけとは違う、慣れているような動きに夢中になった。

「……ちょっとシーザーちゃん、何してんの?」
「ろっ、露伴!?」

ようやくこちらの様子に気付いたジョセフと仗助が、焦った口調で問いかけてきた。何もかも今更遅すぎる。ふたり揃って、こちらを不愉快にさせたことを悔やめばいい。
まるで惜しむかのように唇をゆっくり離すと、ジョースター家の血を引く腹立たしい男ふたりを睨んだ。

「黙って見てろ、このスカタン!」

シーザーと露伴が同時に発したその言葉は見事なまでに重なり合い、ジョセフと仗助を凍りつかせた。服の裾から、シーザーの手が入りこんできて背中に触れる。
そのまま服を脱がされ、露伴はうっすらと火照った身体を恥じることなく晒した。こちらもシーザーの服を脱がせてふたりとも半裸になると、抱き合い密着したままソファに 倒れ込んだ。動くたびに固くなりかけている乳首が擦れ合い、ぞくぞくとした快感に襲われる。

「あんた、きれいな肌してるな」
「触って確かめてくださいよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」

胸元や腹を、シーザーの手が撫でるように動く。指先が乳首に触れた途端、露伴は短く喘いだ。仗助が苦しそうな声で名前を呼びかけてくるが、聞こえない振りをした。
一瞬だけ生まれた罪悪感を打ち消すためにシーザーに両腕を伸ばすと、その頭を抱き寄せた。もっと色々なところにキスして触ってほしい、と息を乱しながら告げる。

「すっかり乗り気だな……どこまで、する気だ?」
「いけるところまで」
「俺、実は男相手に突っ込んだことなくてな。まあ何とかなるか」

そう言って苦笑したシーザーが、露伴のジーンズのジッパーに手をかけた。しかしそれが下ろされることはなかった。黙っていられなかったらしいジョセフが、シーザーの 背後から近付いて露伴から引き離したからだ。

「おいジョジョ、何する……」
「ごめん! 俺が全部悪かったからもうやめてくれよ!」
「元々はお前が撒いた種だろうが!」
「分かってるけどさ……ほら、俺だけの問題じゃねえし」

ジョセフが向けた視線の先では、沈んだ表情の仗助が黙って俯いていた。途中から、この展開を見ていることができなくなったようだ。それを見て、胸の痛みが強くなる。
ソファから立ち上がった仗助は、部屋を出ていこうとしていた。露伴は半裸のまま追いかけ、その腕を掴んで引き止める。

「離してくれよ、あんたが他の男に抱かれてるのはもう見たくねえ」
「僕のくだらない嫉妬で始まったことだ。でも、もう終わりだ」
「そんなんで……納得できるかよ。俺がどれだけ辛かったか分かんねえだろ」
「分かるさ、お前がジョースターさんに絡まれていた時に、僕も同じ思いをしたんだからな」

急に静かになった背後を振り返ると、いつの間にか口論を終えたジョセフとシーザーが抱き合いながら唇を重ねていた。本来あるべき場所にようやく帰れたかのように、 シーザーは幸せそうな顔をしている。
露伴の言葉に気まずそうに口を閉ざした仗助の、広い背中に両腕をまわしてその胸に顔を埋めた。ずっと馴染んでいた温もりや匂いを感じて身体の奥が熱くなる。

「俺のほうこそ……謝るべきだよな。ごめん」

そう囁いた仗助は、露伴の額や頬、そして最後は唇に優しい感じでくちづけてきた。少し前までの激しい嫉妬が遠い昔のことのように、ひたすら甘い気分になった。




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2009/11/27