本音計画 カフェの前を歩いていると、赤ん坊を抱いているジョセフ、そして仗助に遭遇した。 お互いに目が合った途端に刺々しい雰囲気になるのはいつものことで、もう慣れている。 「ひとりで寂しくお茶でも飲みに来たんですかあ、先生」 「僕はお前と違って、暇じゃないって言ってるだろうが」 仗助と露伴の間に散る見えない火花。その間でふたりを交互に見ながらジョセフが困惑している。この雰囲気を薄々と感じとったのか、今にも泣きだしそうな赤ん坊の身体 を揺りかごのように揺らして何とかなだめていた。 「どうしてふたり共そんなに仲が悪いのかね? 何か理由でもあるのかの〜」 「理由なんて……こいつはどうしようもないくそったれ馬鹿で、気が合わないだけです」 「てめえ黙ってりゃ好き放題言いやがって!性格の曲がったイカレ野郎が!」 「金に汚い守銭奴は黙ってろ! 悪知恵ばっかり働きやがって!」 「そっちこそ蜘蛛の内臓なんか舐める変態じゃねえか!」 僕のリアリティをお前ごときに理解できるか、と露伴が言い返そうとした時、先ほどまで困惑していたジョセフがいつの間にか笑顔になっていた。この状況にはふさわしく ないようなその表情が気になり、そちらへと顔を向ける。仗助も同じことを思ったのか、ジョセフを不思議そうな目で見ていた。 「いやー、仲が悪い割には互いに強く意識し合ってると思っただけじゃよ」 とんでもないことを言いだしたジョセフに絶句し、すっかり調子を崩された露伴は深いため息をついた。変なこと言うんじゃねえよじじい、と慌てた様子を見せる仗助に 背を向けて、挨拶もせずに再び歩き出す。ジョセフがこちらをずっと見ていたような気がしたが、考えすぎだと思って忘れることにした。 強く意識し合っている、というジョセフの言葉が胸によみがえる。何故あの時否定できなかったのか、心当たりはあった。あの憎たらしい仗助のことが最近やけに気になっ ている。町で見かけても嫌いなら無視をすればいいものを、どうしても絡まずにはいられない。たまに顔を見ないと、原稿に集中できなくなるほど落ち着かなくなる。 こんな気持ちを抱えたところで何も良いことなどない。どうせこちらがどう思っていても、あの鈍感くそったれ馬鹿仗助は今までと変わらずに、腹の立つことばかり言って くるに違いない。 いつまでも無駄なことで悩むのはやめて、早く帰って原稿を仕上げよう。今は漫画の仕事に集中するのが1番だ。 「ねえねえお兄さん、ちょっといーい?」 横から突然、軽い口調で声をかけられた。それは若い男のもので、顔は見ていないがどうせろくな奴ではない。せいぜい何かの勧誘かアンケート調査だ。どうでもいい。 早足で歩いていく露伴に、先ほどの男が横に並んだ状態でしつこくついてくる。 「一体何の用だ! 僕はお前なんか知らん!」 「酷いこと言うねえ、さっきまでお話してたじゃないの」 「……何だって?」 男は露伴の正面にまわりこみ姿を見せた。以前、仗助と一緒に居るところを町の中で見かけた時に、どこか気になる ものを感じて仗助の家にまで乗り込み、正体をスタンドで暴いた。 この時代に、その姿で存在するはずのない男。 「おっひさー、露伴君! まーたまた来ちゃいましァン!」 そう言いながら男は片手を小さく上げ、笑顔を浮かべた。顔立ちは恐ろしいほど仗助と似ている。当然だ、歳は祖父と孫並みに離れていても血の繋がった親子なのだから。 この男は仗助の父親であるジョセフ・ジョースターだ。本来ならば79歳の老人だが、今は露伴と同年代の青年の姿で目の前に居る。こうして対面するのは2度目だった。 あれから元の老人の姿に戻ったようだったが、まさか再び若返るとは。仗助が見たら卒倒するだろうか。そんなやわな精神の持ち主だとは思えないが。 服装は先ほど赤ん坊を抱いていたジョセフのもので、若返って体格が変わったためかコートの袖は腕を隠し切れていない。 「いつの間にその姿になったんですか、ジョースターさん」 「君と仗助のことが気になってさあ、これは俺がひとつ世話焼いてやるかなって。なーんか面白そうだしい」 「何の世話ですか、早くあの馬鹿のところに戻ってくださいよ」 「仗助のこと、気になってるんだろ?」 ストレートに指摘されて心臓が止まるかと思った。まるで考えを読まれていたかのような気分になる。この男には多分、生まれつきそういう才能があるのだ。 「べ……別にどうでもいいですよ、あんなくそったれの仗助なんて」 「でも毎回、君のほうから絡んでなーい?」 「気のせいです!」 「俺、面白いこと思いついちゃった。あいつの本音を引き出す方法!」 明らかに何かを企んでいる。目を細めて口の端を意味深に上げたジョセフを見て、露伴はそう感じた。 急に姿を消したジョセフを探していたらしくちょうど正面から走ってきた仗助は、青年のジョセフと露伴が一緒に並んで歩いているのを見て動きを止めた。 大げさなほど呆然としているのは何故かこの組み合わせで 居ることよりも、ジョセフが再び若返った姿で現れたからだ。目線の先をたどっただけで、すぐに分かった。 「じじい、またその姿になったのかよ……どうなってんだ」 「まあ、こういうこと」 ジョセフは露伴の肩に手をまわし、急接近してきた。男らしく、彫りの深い整った顔立ち。仗助に似ているというだけで不覚にも動揺してしまった。 何も言葉が出てこないまま固まっていると、目の前の仗助が眉をひそめた。 赤ん坊を穏やかな表情で抱いている普段のジョセフを思い出すと、こんなに馴れ馴れしい態度に対しても強く拒むことができなかった。 仗助そっくりの若いジョセフはあの企んでいるような笑みを再び浮かべて、露伴の髪に顔を寄せる。 「ねーえ露伴君、すっげえいい匂いするね。シャンプー何使ってんの?」 「ちょっ、ジョースターさん……!」 「見てみなよ、仗助の奴面白いことになってるぜ。あれ絶対嫉妬」 露伴にしか聞こえないほど小さな声で、ジョセフが囁いてくる。目線を正面に向けると、仗助が今にもキレそうな険しい表情でこちらを見ていた。 あれは本当に嫉妬なのだろうか。単に、調子に乗って好き放題している父親が気に食わないだけかもしれない。露伴のことをむかつく奴だとしか思っていないはずの仗助が、 嫉妬しているとは考えられない。 心の片隅に確かに存在している小さな期待を振り払うように、ぎゅっと目を閉じた。 「あらら、俺に囁かれて気持ち良くなっちゃったかな〜?」 わざとらしい口調でジョセフがそう言った途端、空気が変わったのを感じた。再び目を開けると、露伴から引き離したジョセフの胸元を仗助が乱暴に掴んでいた。 「調子に乗るのもいい加減にしやがれ、エロじじい!」 「いいじゃん、別に嫌がってないんだし。露伴君は仗助より俺のほうが好きだってさ」 「なっ……いつ言ったんだよ、ああ!?」 更に激しくジョセフを問い詰める仗助を見て、わけが分からなくなった。本当に嫉妬していたのだろうか。この様子だとその可能性もあるだろうが、今までの態度からして 信じられないものがある。紛らわしい言動は勘弁してほしい。自分らしくもない、余計なことを考えてしまう。 これ以上遊ぶのは良くないと判断したらしいジョセフはこれまでの経緯を仗助に話し、からかうための悪戯だったことを明かした。 全て水に流してもらう代償として、ジョセフは怒りの乗った仗助の握りこぶしで頬を1発殴られて吹き飛んだ。 本来の姿ならともかく、体格が良く若い身体のジョセフに仗助は容赦なかった。 共犯である露伴も殴られる覚悟をしていたが、仗助はこちらを睨むと何も言わずに去って行った。 地面に尻もちをつき、苦笑いをするジョセフを引っ張り上げて強制連行しながら。 『今日はうちのじじいが変なことして、すいませんでした』 その日の夜にかかってきた電話は、仗助からのものだった。そういえば受話器を通して声を聞くのは初めてだったことに気付く。 ジョセフは腕を引っ張って歩いているうちに、振り向くといつの間にか元の姿に戻っていたらしい。そして露伴に声をかけてからの記憶は一切ないという。 同じ人間でも完全に記憶を共有しているわけではないようで、本当に不思議でややこしい現象だ。 「別に気にしていない。それにジョースターさんを止めなかった僕も共犯だったからな」 本来は、露伴が珍しく敬意を払っている人物であること、そして本気で口説こうとしているような邪心を感じなかったこと。拒まなかったのはそれらが重なったからだ。 性格は微妙に違うが、顔立ちが似ているせいで仗助に迫られているかのような気分になった。もし本人だったらと思うと心臓が熱くざわめく。 『先生、その……若くなったじじいが好きだっていうのは』 「あれは冗談だって、ジョースターさんが言ってただろ」 露伴がそう言うと、電話の向こうから深く息をついたような聞こえてきた。 あの一言を聞いた仗助が逆上した様子を思い出す。いくら冗談でも、ジョセフはとんでもないことをやってくれた。世話を焼くと言って張り切っていたくせに、 余計に厄介な雰囲気にされてしまった。しかも父親が息子を挑発した末に殴られるという結末のおまけ付きで。 歳が離れすぎていて親子には見えないのは普段からだが、昼間のあの一件の時はまるで兄弟のようにも見えた。 「ところでお前、どうしてあんなに怒ったんだ?」 『……え、何の話っスか』 「とぼけるな、ジョースターさんに騙された時のことだよ」 『ああ、いやー、何でだったか俺にもよく分からないっスよお』 「はあ!? もういい!!」 気になっていたことをはぐらかされ、露伴は怒り任せに電話を切った。その後すぐに再びかかってきたが無視をした。 やはり鈍感くそったれ馬鹿に何かを期待するのは間違いだった。それでもジョセフの冗談に激怒していた仗助の姿を思い出すたびに、浮ついてしまう自分を止められなかった。 |