恋の結末/後編





『おいジョジョ、修行はどうした?』
『今は休憩! ちょっとくらいいいじゃん』
『お前のそういういい加減なところが気に食わん!』
『そんなこと言わないでさあ、一緒にまったりしなーい?』
『こらっ、腕を引っ張るな……!』

なあシーザー、ずっと考えていたんだ。
お前の辛い過去を知らずに、酷い言葉で傷付けた俺を許してくれたのかと。
できればすぐにでも聞きたいところだが、俺はきっと当分そっちには行けそうにない。
長く生きれば生きるほど、大事なものが増えていくんだ。
出会ってから60年連れ添った女も、成長して俺の手を離れて行った娘も、異国で共に戦った孫も。
16年間、生まれたことさえ知らずに放っておいてしまった息子も、妻子ある身だけど真剣に愛したその母親も。
それから……。


***


「さん、ジョースターさん……」

名前を呼ぶ声が聞こえてきて、目が覚めた。ベッドで寝ているジョセフを見つめているのは、岸辺露伴だった。彼はすでに身支度を整え、いつでも部屋を出られる 格好になっている。
もう少しゆっくりしていればいいのに、とまだぼんやりしている頭で考えた。陽が高くなっているこの時間まで、だらだらしているつもりはないという ことか。
昔から性格のいい加減な自分とは大違いだ。やはりきっちりとした生活も、いい漫画を描くための大切な要素なのかもしれない。

「露伴君、これからすぐに帰るの?」
「次の仕事もありますし、あまりゆっくりはしていられないですね」
「まあ、そうだよね」
「だからあなたも早く支度してください、帰る前に一緒に食事しましょう」

その言葉にすっかり舞い上がってしまい、ジョセフはようやくベッドから身体を起こした。
眠る前まで行われていた情事を思い出すと、今は平然としている露伴と目を合わせるのが気まずい。
夜遅くに部屋を訪ねてきた露伴は、いつもと様子が違っていた。まず、顔を見るなり求められたのは初めてだったからだ。まるで何かをふっ切ろうとしている かのようにジョセフの腰の上に跨り、今までは頼んでも呼ぶことはなかった名前のほうを、熱い吐息混じりに呼んできた。その瞬間、我を忘れるほど興奮した。
露伴はどんな気持ちでジョセフに抱かれているのか、知りたいと思っていた。こちらから口説いて始まった関係とはいえ、家庭を持っている男との付き合いに興味があっただけ だという可能性も、絶対にないとは言い切れない。創作のためならいくらでも突っ走れる性格の持ち主だ。
仗助と露伴のやり取りを見ていると、まるで昔の自分とシーザーを思い出して懐かしい気分になった。きつい口調もプライドの高さも、忘れられない記憶をますます確かな ものにしていく。気が付くと露伴にちょっかいを出すようになり、やがて結婚してから2度目の間違いを犯した。今度は謎の現象で若返ったこの身体で。
これはいつまでも続く関係ではないと分かっている。この町に潜む殺人鬼の件が片付いた後、ジョセフは承太郎と共にアメリカに帰らなければならない。1度日本を離れて しまったら、簡単には戻れないだろう。本来のジョセフは高齢だ、ひとりで海を越えることを周囲が許すはずがない。承太郎はジョセフと露伴の関係には否定的で、 最近は気まずい雰囲気が続いている。彼からの協力は期待できない。
しかし一番怖いのは、こうして若返る現象がある日突然治まることだ。本来の姿に戻った時、ジョセフは若返っていた時の記憶は封じられる。つまりその状態のままだと、 今の自分は露伴と話をすることも触れ合うこともできなくなる。永遠に。軽い気持ちが本気に変わってしまった状態では、それはあまりにも残酷だ。


***


ホテルの近くにあるレストランで食事をした後、露伴に連れられて大きな公園に来た。平日の昼過ぎであるせいか、小さな子供連れの主婦をたまに 見かけるだけで、周囲は静かだった。天気が良く暖かいので、ひとりで来ていたらここで昼寝をしたい。
大きな池が見える場所で、空いているベンチに腰を下ろす。それから少しの間黙っていた露伴が、口を開いた。

「あなたは日本に来てから、ずっと仗助に自分を認めてほしかったんですよね。その願いが叶って若返った」
「……まあ、あくまで予想だけどね」
「なのに僕とこういう関係になっているのは、矛盾していませんか。仗助が僕達の関係を許すはずがない」

そこまで言うと露伴は、真剣な表情でジョセフに視線を向けてきた。怒っているのではなく、忠告にも等しいものを感じさせる。

「ジョースターさんは僕と仗助、どちらを選ぶんですか」

予想もしていなかった露伴の問いに、ジョセフは言葉を失った。色恋沙汰に対しては純情でお堅い上に、ジョセフ自身の不倫で生まれた仗助がこの状況を許すとは思えなか った。出会ったばかりの頃以上に、気まずくなるかもしれない。
自覚はあったとはいえ、確かに自分の行動は矛盾していた。それでも最初は気になる程度だった露伴に本気になってしまった。そして息子である仗助とも仲を深めたい。 両方を手に入れたいという答えは、おそらく今の露伴が望むものではないだろう。
最低だと思われるかもしれないが、露伴と仗助を比べることはできない。それぞれ向けている好意の種類が違う。立場的には仗助を優先するべきだと分かっていても、 何度も抱いた露伴の肌の温もりを忘れられない。血の繋がった仗助に同じものを求めるわけにはいかないので、余計にそう感じる。

「今ここで、すぐに答えを出さなくても結構です。よく考えてください」

淡々とした口調で言うと、露伴はベンチから立ち上がる。そしてジョセフに頭を下げて歩いていってしまった。
決して避けることはできない問題だったとはいえ、あまりにも突然すぎる展開になった。昨日ジョセフの部屋を訪れた時に様子がおかしかったことと、何か関係があるのだ ろうか。
遠ざかって行く露伴の背中は、やがて見えなくなっていった。


***


ひとりでホテルに戻り、廊下を歩いているとジョセフの部屋の前に仗助が居た。学校が終わってそのまま来たのか、制服姿でドアに背を預けながら立っている。
会う約束はしていなかったが、仗助のほうから訪ねてきてくれるのは珍しいので嬉しかった。ジョセフが近付いてきたことに気付いた仗助が、こちらに向かってきた。

「じじい……帰ってきたのか」
「どうしたの仗助、びっくりしちゃったあ」
「まあ、その、たまには俺の方から来てやろうと思ってさ」

ジョセフから目を逸らしながら呟く仗助が可愛かったので、つい悪戯心が生まれてしまう。いつ誰が通るか分からない廊下で、ジョセフは笑みを浮かべて仗助に抱きつく。

「やっと俺からの愛が、仗助に伝わったのねーん!」

いつもならこうすると怒った仗助が、『やめろエロじじい離せ!』などと叫びながら逃れようとするのだが、何故か今日は違った。仗助はジョセフの腕に抱かれたまま、 何も言わずにされるがままになっている。さすがに調子が狂い、逆に不安になってしまう。

「なんか今日のお前、変じゃね?」
「変じゃねえよ」
「だってさあ……」

戸惑いながらも、仗助に甘えられているようなこの状況はとても美味しいと思い始めた。普段は少しからかうだけで怒る仗助が、大人しくジョセフの腕の中に収まっている。 せっかくなのでもっと色々して反応を見ようとして、仗助の頬に触れかけた時に目が合った。

「俺、あんたのこと父親だって認めてるからな」
「え?」
「会ったばっかりの頃は色々ひでえこと言っちまったけどよお、今は……おふくろを見てたらあんたに真剣に愛されてたんだって、ちゃんと分かるし。それにじじいは俺に すげえ優しいだろ。その若い姿じゃなくても、好き、だから安心しろよ」
「仗助……」
「その代わり、今の家族を大事にしてほしいんだ。もう誰のことも悲しませねえでくれよ」

仗助の言葉が、ジョセフの胸に重く響いた。2度目の間違いを犯している自分はすでに今の家族も、そして仗助をも裏切っている。若い頃のように欲しいものを何もかも手に入れようと、 あれこれ欲張れる立場ではないのだ。この瞬間、そう思い知らされた。




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2010/3/30