禁断症状/1 すでに勃っている仗助の性器に顔を近付けると、急に強い力で両肩を掴まれた。その気になっていた僕は苛立ちながら顔を上げ、仗助を睨んだ。 「何だ、邪魔するなよ」 「俺がしてもらいたいのって、そういうのじゃねえんだ」 わけの分からない主張をすると仗助は、僕の身体を抱き締めた。ベッドの上で、何も身に着けていない肌が隙間なく触れ合う。じれったさと心地良さが胸の中で混ざる。 年齢の割りにはしっかりと完成された、逞しい身体。その背中に僕が両腕をまわすと、仗助の腕の力が更に強くなった。 ここ最近ずっと、僕は厄介な出来事に振り回されていた。そのせいで生活のペースは乱れるし、仕事も思い通りに進まないし、早くどうにかしたいと思っているが、具体的な 解決策は見つかっていない。 僕の身体は、ジョースターの一族に触れていないとおかしくなる病気に侵されていた。 気付いたのは先週末あたりだった。町を歩いていると、突然身体が熱くなって息苦しくなった。まともに動くことができなくなり建物の陰でうずくまっていると、近くを 通りかかったらしいジョースターさんと承太郎さんが僕のそばに来て、心配そうに声をかけてくれた。 立ち上がるのもやっとだった僕が、差し出された承太郎さんの手を握った途端に、急に身体が楽になった。 更に熱を確かめるためにジョースターさんが僕の額に触れると、それまでの息苦しさも消えた。 何かがおかしいと思った。薬を飲むよりも早く、しかもあのふたりに触れられた瞬間に調子が良くなるなんて有り得ない。 そしてまた今日、再びあの症状が襲ってきた。偶然かどうかを確かめる絶好の機会だと思い、僕は電話で仗助を呼びだした。そして廊下を歩いている時に僕のほうを振り向いた 仗助に、何も言わずにしがみついた。すると身体の熱さも息苦しさも、全てがなかったかのように治まったのだ。 他の人間には試していないが、多分僕はジョースターの誰かに触れられると症状が落ち着くのだと分かった。彼らだけが持っている何かが、そうさせるのだと。 仗助の温もりが心地良くて、そのままでいるうちに淫らな気分になってしまった。離れたくない、と僕が呟くと仗助は戸惑っていたが、やがて震えた腕で受け入れてくれた。 そして今、僕達は寝室に居る。 どうやら仗助は誰かを抱くのは初めてだったようで、挿入までたどり着くのに結構な時間が経ってしまった。ゆっくりと奥へと入ってくる初めての感覚は、僕の理性を崩して 無意識に声が漏れた。仗助の性器を咥え込みながら、僕自身も興奮して勃起していた。 根元まで挿入した後、仗助は深く息をついた。 「あんたの病気のこと、承太郎さんやじじいは知ってんのか」 「……いや、お前以外には言っていない」 「そっか……あのさ、できれば俺以外には言わないでほしい。俺だけが、あんたを助けられる存在になりてえんだよ」 そう言った仗助の頬は赤い。それは独占欲なのか優しさなのか、僕には読めない。 僕の中で動き始めた仗助の腰に両足を絡めて欲しがると、仗助は熱っぽい声で僕の名前を呼んで、もっと激しく腰を打ちつけてきた。 何から何まで不慣れなやり方だったが、仗助のまっすぐで純粋な気持ちが痛いほどに伝わってきて、呼吸のひとつひとつすら愛しく思えた。 腕時計を見ると、まだ昼を少し過ぎたところだった。 時間が経つのが遅い気がする。僕は身体の熱さや苦しさを何とか堪えながら、スーパーのロゴが描かれた買い物かごを乗せたカートを押していく。 今日は朝から調子が悪く、仕事も完全に手がつかなくなっていた。家にこもっていると気がおかしくなりそうだったので、気分転換に買い物に出てきたのは今更ながら間違って いたかもしれないと思った。 早く抱かれたい。僕の身体はいつの間にか、触れられるだけでは足りなくなっていた。仗助とのセックスで、それ以上の刺激を覚えてしまったからだ。硬くなった性器で僕の 深いところまで突き上げて、気が狂うほど犯してほしい。そうすれば楽になれる。しかし今の時間、仗助は学校で授業を受けている最中だ。放課後は僕の家に来る約束をして いるが、それまであと数時間は待たなくてはならない。 押しているカートの上で、何も入れていない買い物かごが小刻みに揺れ続ける。それを眺める僕の息は震えていた。 「……先生」 突然どこからか、聞き覚えのある声で呼ばれた。仗助よりも低い、大人の男の声だった。 すぐ後ろに立っていたのは承太郎さんだった。まさかここで会うとは思わなかったので驚く。この前、町の中でも顔を見たばかりなのに。あの時はジョースターさんも一緒だ ったが、今日はひとりで来ているようだ。 「また具合が悪くなったのか?」 「いえ、大丈夫です……これくらい」 「そうは見えねえから、声かけたんだろうが」 近い距離で顔を覗き込まれて動揺した。仗助以外の、ジョースターの匂いがする。こんな状態でそれを感じてしまったら、我慢できなくなる。仗助が家に来るまで、抑えて いなくてはならないのに。ここまであいつに執着して求めている自分が信じられなかった。 カートを握る手が滑って、身体が傾いた。倒れそうになった僕を、承太郎さんが支えてくれた。その腕の中で僕は、自分の中で張り詰めていたものがあっけなく切れるのを感じた。 玄関で靴を脱いだばかりの承太郎さんの胸にしがみついて、僕はそこに額を埋める。するとやはり、急に身体が楽になっていった。 あれから結局僕は、店で何も買わずに承太郎さんを家に誘ってしまった。身体の異常を隠し通して、ごまかすことができなかったのだ。 「こうしてるとすごく落ち着くから……もう少しだけ、このままで」 そう言って更に身体を密着させた。これだけでは完全に満たされていないが、仗助との約束があるので一線を越えるわけにはいかない。 あいつのせいで、あいつが変な約束をさせるから僕はこんなことになってしまったんだ。授業が終わるまでまだ時間がある。この僕をそれまで待たせておくなんて……最悪だ。ガキのくせに何様のつもりだ。 心の中で仗助を罵っていると、承太郎さんが僕の背中や腰に腕をまわして強く抱き寄せられた。身体中がじわりと熱くなる。 「あんたは落ち着いたみたいだが、今度は俺がおかしくなりそうだ」 情欲の匂いを感じさせる囁きに、このままではまずいと思った。自分だけが満たされることばかり考えていた。 この病気のことを言ってしまおうか。それはどう転ぶか分からない賭けだった。そもそも信じてもらえるのか。ジョースターが欲しくなる病気なんて、 仗助の馬鹿は信じてくれたみたいだが、この人はどうだろうか。そんなふざけた病気があるわけねえだろ、と切り捨てられるかもしれない。 でも、こんなに苦しいのは紛れもない現実だった。もし説明するとしても、どう言えば納得してもらえるだろう。そう考えているうちに、更に深い刺激を求めて身体が再び疼いた。 もう、こうしているだけでは満たされなくなってきている。これ以上先に進んだら、仗助を裏切ることになる。あいつの気持ちを。 「先生、何を考えている?」 「……すみません」 「俺が聞きたいのは、それじゃねえよ」 ちゅっ、と音を立てて耳を軽く吸われた。そんな控えめな愛撫にも、声が漏れてしまう。 「あんたは気が済んだら、このまま離れて終わりにするのか」 「それは……」 「酷い奴だな」 僕は彼を、都合良く利用してしまった。本当は、何でもない振りをしてひとりで帰ってくるのが正しい選択だった。それなのに、まるで仗助が来るまでの代わりみたいに扱った。 自分が思っている以上に、残酷だったかもしれない。何も反論できないまま顔を上げて、僕はようやく承太郎さんと視線を合わせた。 この時、僕は一体どういう表情をしていたのだろう。目が合った途端に唇を塞がれたので、よく覚えていない。僕の口の中で承太郎さんの舌が動くたびに、意識がとろけて決意が鈍る。 僕を侵している病気とは関係のないところでも、このまま最後まで奪ってほしいと思ってしまう。だめだ、抑えられなくなる。 「もっと、欲しい……っ」 唇が離れた瞬間に、ずっと抑え付けていた欲望が弾けて小さく呟いてしまった。聞かれてしまっただろうか。 僕が承太郎さんから目を逸らしたと同時に、玄関の呼び鈴が鳴った。 おぼつかない足取りでドアのレンズから外を覗くと、そこには制服姿の仗助が立っていた。予想よりも早い。 今の状態でドアを開けてしまったら、仗助は絶対に誤解する。いや、そうなってもおかしくない。この時間には家に居ると言ってあるので、居留守を使うことはできない。 「出ねえのか」 「……仗助が」 僕が答えると、承太郎さんもドアに近付いてレンズ越しに外を確認した。 「先生、このままドアを開けろ」 「何言ってるんですか」 「早くしろ」 容赦ない口調に負けて、僕は思い切ってドアを開けた。するとそこに立っていた仗助は、僕の隣に居る承太郎さんを見てやはり驚いた顔をする。 「何で、承太郎さんがここに……まさか」 仗助の視線が僕に動く。約束を破りかけていたことに、多分気付かれた。空気が凍る。 「先生から借りたい本があって、俺が急に押しかけたんだ。お前が来る少し前にな」 先ほどまでの出来事を見事に覆い隠した嘘が、承太郎さんの口からあっさりと出た。僕と仗助は呆然として彼を見つめる。 「俺は用を済ませて先に帰るぜ。先生、本を取りに行きたいんだが」 「……えっ、あ、分かりました」 先に僕の仕事部屋に向かう承太郎さんの後を追いかけようとして、仗助のほうを振り返る。 「悪い、上がって待っていてくれ」 「あ、ああ……」 戸惑う仗助が靴を脱ぐのを見届けて、僕も仕事部屋に行った。 展開が思わぬ方向に転がり、今も気持ちが追いついていない。本棚の前には、すでに承太郎さんが居た。 彼は本棚から1冊を抜き取り、僕を見下ろした。あの温もりや、仗助とは違う味のキスを思い出して、胸が苦しくなる。 「どうしてあんな嘘を」 「全部ばらしても良かったのか」 開きかけた僕の唇に、承太郎さんの人差し指が触れる。 「俺達は何もなかった、それでいいな?」 抑えた声でそう言うと、彼は本を片手に部屋を出て行った。 部屋から離れたところから、承太郎さんと仗助の話し声が聞こえてくる。やがて玄関のドアが閉まる音がした。 ……うまく呼吸ができなくなっている。ずっと待っていた仗助が来ているのに、何もなかったように振る舞える自信がない。 |