レンズ越しの嘘 「あんたって目、悪かったっけ」 開いたドアから身を乗り出して迫ってくる仗助の視線に耐えられず、ぼくは一歩引いた。 慣れないレンズ越しに見てもこいつは憎たらしい顔をしている。どうせ大した用事じゃないんだろうし、さっさと追い出してこのドアを閉めたい。 漫画の資料として先日買った眼鏡のレンズに、度は入っていない。ぼくの目は良いほうなので、視力矯正の役割は必要なかった。正確な形を把握できればそれ で充分だ。 生まれて初めてかけてみた眼鏡はあまりにも新鮮で、顔の雰囲気も面白いほど変わる。鏡の前で様々な角度から眺め、密かに浸った。しばらくすると玄関からチャイムが鳴り、 眼鏡で高まった気分のままドアを開けたら仗助が立っていた。いつもと違うぼくによほど驚いたのか、口を半開きにしたまま固まっている。これが少し前までの流れだ。 「これはただの資料だ、早く用件を言え」 ぼくがそう言うと仗助は、鞄の中から取り出したものをこちらに向けてきた。海の生き物の生態が詳しく書かれた、分厚い本。それを見て仗助の用事を理解したぼくは、 それを受け取ろうとしたが予想外の展開になった。眉をひそめた仗助が、その本を背中の後ろに隠したのだ。自分から差し出したくせに、どういうつもりだ。 「なあ……聞きたいんだけどよ、あんた承太郎さんとどういう関係なんだ」 「はあ?」 「よく本の貸し借りしてるような感じがしたし、仲いいのか」 実際、承太郎さんが持っている本には興味深いものが多く、彼も空いた時間は読書もするらしいのでお互いに本の貸し借りはしている。だからと言って、別にやましい関係 ではない。 確かに男のぼくから見ても魅力的ではあるけれど、深く関われば厄介なことになりそうな予感がする。ただの知り合い程度に留めておくのがちょうど良い。 彼の部屋には何度か出入りしていながらも、指一本触れたことはなかった。多分これからも、そういう関係のままだ。 ぼくの答えを、どこか緊張した面持ちで待っている仗助を見ていると愉快な気分になった。 もしかするとこいつは、承太郎さんに惚れているのだろうか。 「……あの人は、ぼくが少し誘っただけでその気になったよ」 「なっ……!」 仗助が青ざめ、ぼくは更に煽る。 「すごく絶倫で、朝まで寝かせてもらえなくてさ。限界来てても、あの目に見つめられたらまた欲しくなる」 感情をたっぷり込めた作り話に、すっかり騙されたらしい。仗助は肩を震わせながらぼくを睨んでくる。今にも殴りかかってきそうな勢いだったが、伸ばされたその手はぼくの 頬を恐ろしいほど優しく撫でてきた。指先が眼鏡のフレームをかすめる。 「露伴が普段見せない顔も、あの人はたくさん知ってるってことかよ」 おかしい。こいつは承太郎さんに惚れていて、彼とは深い関係だと言い張るぼくに嫉妬したのかと思っていたが違うのか。 「いつから承太郎さんと、そんな関係になったんだ……あの人には家族がいるって分かってて誘ったのか、そんなに好きなのかよ」 「ちょっと待て、さっきのは」 「もっと早く言っとけば良かった」 何を、と問う前に仗助の指がぼくの唇の隙間から割り込んできた。舌に触れてくる固く長い人差し指の感覚が生々しい。その動きは容赦ないのに、顔は限りなく無表情に近い。 「んっ……う」 「承太郎さんのも、こうやって舐めてるんだろ」 話が勝手に発展しすぎて収拾がつかなくなっている。全ての原因はぼくにあるが、この状態では本当のことも伝えられそうにない。ぼくの口内で意味深に往復する仗助の指に 吸い付くと、目の前で熱い呼吸音が上がる。 目を閉じても思い浮かぶのは、誰の姿でもない。それなのに身体は浅ましく反応してしまう。舌と唾液を絡ませながら、濡れた音を立てて指を愛撫し続ける。薄く目を開けた先で、 仗助の股間は明らかに張り詰め、欲望を隠さず主張していた。 口内から指を引き抜くと、仗助は息を荒げながらベルトの金具を外してズボンのジッパーを下げる。ぼくの家の玄関でまさか、こんなことを。 先ほどの疑似行為で生まれた疼きに流されるままに、ぼくは眼鏡を外して仗助の足元に膝をついた。 「外しちまうのか、それ。似合ってたのに」 「汚したくないんだよ」 「汚れるくらい、激しくしてくれんの?」 頭上から聞こえる笑いを無視して、下着の中から露わになった性器に唇を寄せる。 無関係の承太郎さんまで巻き込んで嘘をつき、仗助にここまで踏み込む隙を与えてしまった、ぼくの負けだ。 |