愛にピアス/4





あれから1週間、露伴は家から出ることなく睡眠や食事すらまともに取れていなかった。
かろうじて仕事は済ませている。まさか色恋沙汰が原因で、原稿を落とすわけにはいかない。漫画家としてのプライドだけが、抜け殻の自分を支えていた。
情けない。既婚者の男にはまり込んだ挙句、こんなにもダメージを受けている。終わりにするか、という非情な承太郎の一言に全てを砕かれた気分だ。
まともに話ができる状態になるまでは、まだ時間がかかりそうだ。どうせ向こうは1ヶ月も連絡を寄越さなかった時と同じく、適当に放置するつもりだろうが。
玄関からチャイムが鳴り、露伴は横たわっていたベッドから身を起こす。そういえばインターネットの通販で注文していたものがあるので、それが届いたのかもしれない。 ヘアバンドも着けていない、乱れた髪を手で大雑把に整えながら玄関に向かう。棚から印鑑を取り出した後、何も考えずにドアを開けた。
直後、視界に入ってきた白いコートと同じ色のズボンを身にまとった男の姿に、露伴は目を見開いた。驚きで、上手く言葉が出てこない。

「酷い顔だな、真っ青だぞ」
「っ、あ……何で、ここに」
「あんたと話をするために来たんだ、急で悪いな」

記憶の中と変わっていない姿の承太郎が、目の前に立っていた。承太郎はこちらに手を伸ばし、髪に触れてくる。わけが分からない、これは夢に違いない。もう2度と顔を 合わせることなく、自然消滅すると思い込んでいたのだから。


***


承太郎の向かい側のソファに腰掛けた後も、何から話せばいいのか迷っていた。別れたくないと叫んで、ひたすら承太郎を責めるか。それとも。

「別にあんたを嫌いになったわけじゃねえ、俺が原因で辛くなっているなら終わらせようと思っただけだ」
「ずいぶん自分勝手なんですね! そういうのが1番残酷だって分からないんですか!」

真顔で勝手なことを言う承太郎が許せず、久し振りに強い口調で反論する。何でも終わらせればいいというものではない、それは相手を気遣っているどころか、ただ逃げている だけにしか思えない。嫌いになってはいないのなら尚更だ。
怒りで震える手を握り締め、正面に座っている承太郎を睨む。たとえどんな結果になっても、また離れる前に気持ちを全てぶつける。後悔はしたくない。

「……別れたくない」

呟くと、目頭が熱くなった。承太郎とこういう関係になってからは絶対に、惨めな姿は晒したくないと思っていた。自分のものにはならない男に執着して、泣きながら引き止める ような人間にはなりたくないと。だから承太郎がアメリカに帰る日の朝は、笑顔で挨拶をして部屋を出たのだ。連絡待ってますね、という言葉と共に。
しかし時間が経つにつれて、冷静ではいられなくなった。何回も自分から電話をしてしまったのも良くなかった。声を聞くたびに身体が疼いて、余裕がなくなっていた。
ソファから立ち上がった承太郎に、手を引っ張られて抱き締められた。想像ではない、生々しい温もりに包まれて熱い息を吐く。

「すまなかった」
「終わりにする気なら、変な情けはかけないでほしいです」
「自分勝手なのは分かっているんだが、やっぱりあんたを忘れられねえ」

露伴を抱き締めていた腕を緩めると、承太郎はそう言って露伴のピアスに触れた。
好きだ、と囁かれて信じられない気分になる。混乱した。

「俺がアメリカに帰る日、あんたは平気な顔をしていただろう。だからここに来た時は驚いた」

本当は全然平気ではなかったのに。やはりこの男は鈍感だ。

「僕も、承太郎さんのことが好きだ……声だけじゃなくて」

最後まで言い終わらないうちに、承太郎にくちづけられた。飢えた獣のように唇や舌を貪られて、気が遠くなる。別れたくないという言葉は、その胸に届いたのだろうか。
耳朶のピアスを見るたびに、あの瞬間の痛みを思い出す。同じ色のピアスはまるで、承太郎のものになった証のようだった。




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2011/11/7