例え話 かなり無茶な運転に心身共に振り回された後、バイクを降りてヘルメットを脱ぐと、風に混じって潮の香りを感じた。 夜中に突然露伴の家を訪ねてきた承太郎がバイクを借りたいと言うので鍵を渡せば、あんたも来いと後ろの席に乗せられて、強引にここまで連れて来られた。露伴ひとりではめったに来ないこの場所は、承太郎のお気に入りらしい。 目的地を思うと妙なテンションになっていたのか、地面ギリギリまでバイクを倒してカーブを曲がり、いつ事故ってもおかしくないほどのスピードが出ていた。 露伴は承太郎の広い背中にしがみつき、とにかく振り落とされないように必死だった。 家を出るまでの眠気が、ここにたどり着くまでに完全に吹き飛んだ。もうこの男にバイクは貸さない、帰りは自分で運転する。そう固く決意したところで「先生」と呼ばれた。 「いつか、あんたにこの景色を見せたかった」 遠くを眺める承太郎の視線を追った露伴は、思わず息を飲んだ。遥か遠くに広がるオレンジ色の朝日が暗かった空を鮮やかに染め上げ、波打つ海をも照らす。カメラを持ってきていないことを悔やむほど、心から美しいと思える景色だった。 承太郎はこのタイミングで景色を見せるために、あんな運転をしたのかもしれない。 「ぼくへのプレゼントってやつですか? 意外に粋なことするんですね」 普通なら笑ってしまうほど気障な行為も、承太郎だと何故か自然に受け入れられる。しかも彼のライフワークにも繋がる場所だ。大切にしている宝物を贈られた、そんな気分になる。 「あんたはあいつを、仗助をどう思っている?」 ロマンティックな雰囲気に浸っている最中にその名前を出されて、露伴は我に返った。どうもこうも、日頃から仗助との関わり方を見ていれば改めて聞かなくても分かるはずだ。 それとも承太郎には、露伴と仗助が愛し合っているようにでも見えるのか。 「……ウソつきで憎たらしい、生意気なくそったれ馬鹿ですよ。顔を見るたびにむかついてしょうがない」 「だがあんたは、そう言いながらも自分から仗助に絡んでいるだろう」 「それは気のせいです!」 「仗助が相手だと、先生は遠慮なく素の感情を出している。あいつを羨ましく思う」 承太郎の言葉の意味が理解できなかったので何も答えず眉をひそめていると、目の前の男が再び口を開いた。 「おれと仗助、あんたはどちらを選ぶ?」 「は……?」 「両方から好きだと言われたら、どちらを受け入れるんだ」 真顔で訊ねてきた承太郎がどういうつもりなのかは分からないが、まずそんな状況は有り得ない。仗助とは会うたびに罵り合う関係で、恋愛どころか友情すらも成り立っていない。好きだと言われても困る。 それからある意味更に考えられないのが承太郎で、妻子持ちの身で知り合ったばかりの年下の男に手を付けるなんて、正直どうかしている。 「仗助よりも不利な立場なのに、選ばれる自信があるんですね」 「さあ、どうかな」 「だってそうでなきゃ、わざわざそんな質問しないでしょう」 おれを選べと言わんばかりの卑怯なシチュエーションの中、黙ってこちらを見つめる承太郎は美しかった。顔立ちも瞳の色も、眺めているだけで心ごと奪われそうで怖い。 吹いてきた強い風に飛ばされないように、大きな手のひらで帽子をを押さえるその仕草も。 「あまりにも現実離れしすぎて、答えようがありません」 「そうか」 「逆に質問ですが、ぼくが『選べないから両方と付き合いたい』って答えたらどうしますか」 眉間に皺を寄せた承太郎を見て、露伴は愉快な気分になった。散々こちらを振り回してきたのだから、少しでも困らせてやらないと気が済まない。ジョースターをふたりも相手にしたら身が持たないかもしれないが、面白い経験はできそうだ。 「……考えたくねえな」 「まあ、あなたは文句を言えるような立場じゃあないですがね。お父さん?」 とどめのつもりで、最後の一言にたっぷりと皮肉を込めた。まさか例え話でここまで会話が続くとは思わなかった。そもそも実際に承太郎から告白されたわけでもないのに。 「そろそろ帰りましょうか、今度はぼくが運転……」 話の続きが、急に肩を抱き寄せられて消し飛んだ。耳に近づいた承太郎の息と唇の気配に心臓が跳ねる。 「興奮した」 「え?」 「あんたがさっき、最後に言ったあれで、おれは」 囁きの後で押し付けられた承太郎の身体の中心は硬く張り詰めていて、生々しい感覚に驚いて離れようとしたが完全に捕らえられてしまい上手くいかない。皮肉のつもりだったあの一言で、こんな状況に? どうやら無意識に承太郎を煽ってしまったようだ。 多くの激しい戦いに勝ち続けたスタンド使いでもなく、不器用な父親でもない。承太郎は露伴ひとりの前でただの男になった。 |