優しい嘘か残酷な真実か





後部座席の窓際に座っている承太郎が、ジョセフの肩にもたれかかってきた。
車で何時間も揺られているうちに、いつの間にか寝てしまったらしい。肩に乗った重みと共に、温もりや匂いが更に近くなる。 昔ならともかく、今の関係になってからは違う意味で意識してしまう。すぐ隣には花京院が座っており、ジョセフはちょうど高校生ふたりに挟まれた状態だった。
いつもはジョセフが車を運転することが多いが、ジョースターさんばかりに任せているのは申し訳ありませんから、と言っていたアヴドゥルがハンドルを握っている。 その隣ではポルナレフが、何か文句を言ってはアヴドゥルに叱られていた。

「承太郎は本当に、ジョースターさんには心を許しているんですね」

苦笑しながら、花京院が承太郎の寝顔を眺める。そんな何気ない一言にも、孫とのいかがわしい関係を見抜かれたのではないかと思い、少しだけ危機感を抱いた。
花京院は決して鈍感な男ではないので、気付いていながらもあえて黙っているのかもしれない。承太郎と触れ合うのはふたりきりの時だけだと決めているが、 こうして他の仲間と過ごしている時でも、普通の祖父と孫という関係ではない雰囲気が漏れているのだろうか。それはまずい。

「昔からわしには懐いてくれていたからのう、今じゃ口は悪いし愛想はないし目つきも……」

好き勝手に言った途端、片足に激痛が走った。まさかと思いながら足元を見てみると、眠っているはずの承太郎が踵でジョセフの足を踏んでいた。しかも容赦なくねじ込む ような動きで。叫び声を上げそうになったが、必死で耐えた。百歩譲って寝ぼけているだけだとしても、あまりにも動きがピンポイントすぎるので笑えない。
承太郎は絶対に起きている。そうとしか考えられない。誰が見ても完璧に眠っているようにしか見えないが、真実はジョセフだけが知っている。

「ジョースターさんにしか見せない、隠された一面……なんてありそうですけどね」
「い、いや! そんなことはないぞ! いくら孫でもこいつはよく分からんところがあるからな!」
「どうしたんですか、急に慌てて」

隠された一面と聞いて、ベッドの上でジョセフの愛撫を受けて声を堪えている承太郎の姿が頭に浮かび、身体が熱くなった。こんなところで何を想像しているのだろう。
そんな自分が情けなくて、腹立たしかった。すでにジョセフは、花京院は全て知っているに違いないという思い込みに支配されて、そこから逃れられなくなっていた。

「わしも承太郎の顔が見たくて、仕事の合間に飛行機のチケットを取ったり、料金は全てこちら持ちで国際電話をかけたり、ホリィに承太郎の写真を送ってもらうこと くらいしかできなかったからな」
「それだけでも充分だと思いますが……」
「ほら、やっぱり孫のためじゃからな。わしはあくまで祖父として! 承太郎を可愛がってきたつもりだ」
「そんなに強調しなくても、分かってますよ」

不自然なジョセフの態度に呆れているような花京院の言葉の後、耳元で『アホか』と低い声で囁かれた。その声の主は当然、眠った振りをしている承太郎だ。
そこまで突っ込みを入れるくらいなら、完全に起きたほうがいいのではないか。そう思いながらもこうして密着している状態は心地良く、強引に起こす気にはなれなかった。

「そういえば今まで、ジョースターさんとはゆっくり話をする機会がありませんでしたよね。今度同じ部屋になった時にでも是非、と思いまして」
「……そ、そうじゃな」
「僕、アメリカの漫画にも興味があるのでその辺りの話も……」

若い頃から大好きな漫画の話題を出されては、こんな状況でもうっかり食いついてしまう。今ここで熱く語り合いたい気分になったが、承太郎の舌打ちが聞こえてきて冷や汗が出た。
完全に承太郎と花京院の間で板挟みになり、さすがに参ってしまった。承太郎に構えば花京院に怪しまれ、その逆だと承太郎が苛立つ。 どちらに偏っても、結局不都合が生まれるのだ。特に承太郎は恐ろしく執念深いところがあるので、後から何を言われるか分かったものではない。

「もうすぐ次の町に着きますよ、準備してください」

運転席から、天の助けにも似たアヴドゥルの声が聞こえてきた。ここまでたどり着くのに、まるで何日間もかかったような気がする。 次の町では車を降りて、皆で少し遅い昼食を取る予定だった。とりあえずこの板挟み地獄から、1秒でも早く解放されたい。
もう少しで町に入るという時に、道が悪かったのか車が大きく揺れた。車内で仲間達が驚いて声を上げる中で、ジョセフは反射的に承太郎の肩に腕をまわして、自分のほう へと抱き寄せた。別に下心はなかったが、揺れが収まって我に返ると恥ずかしくなった。慌てて隣を見ると、花京院は窓の外を見ていたので安心した。
目当ての店の近くに車が止まり、前に座っていたアヴドゥルとポルナレフが車を降りて先を歩いて行く。続いて後部座席のドアを開けようとした花京院の肩を、ジョセフは 掴んで引き止めた。

「なあ花京院、お前……もしかして知っているのか」
「何のことです?」

突然なジョセフの問いに、花京院は本当に戸惑っているように見えた。
自分は一体何をやっているのか、疑問を感じながらも今更引き返せなかった。花京院はジョセフと承太郎が、祖父と孫以上の関係になっている事実を知っているのかどうか、 ここではっきりさせておきたい。もし知らなかったとすればとんだ愚行だが。ジョセフの背後では、承太郎も花京院の様子を窺っている気配がした。
花京院は真顔でジョセフをじっと見つめた後、

「もちろん知ってますよ」
「……そう、か」
「承太郎が、実は眠っていなかったことでしょう?」
「えっ?」
「ジョースターさんが何か言うたびに反応してましたから、ね」

ジョセフから承太郎に視線を移した花京院は目を細めて微笑むと、車を降りた。こちらを振り向きもせずに、アヴドゥルとポルナレフの後を追って歩いて行く。

「油断できねえってことか」

ふたりだけ残された車内で、承太郎が背後で呟く。完全に知られているとまではいかなくとも、花京院は薄々と掴みかけているのかもしれない。
ジョセフは息を飲んだ。問いかけた後で視線が合った時の、どこか張り詰めた空気を思い出しながら。




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2010/11/30