偶然の確率 宿に泊まる時の部屋の割り当てはクジ引きやジャンケンなど、単純な方法で決める。 大抵ふたりで1部屋を使うことになるのだが、ジョセフは別に誰と同室になっても構わなかった。 承太郎だけではなく他の皆も、仲間であると共に年齢的に自分の孫のような存在だった。 年長者として、この個性的な性格の面々をまとめていかなくてはならないという、使命感のようなものがある。 幸い、若い頃から人見知りはしない人間だ。同じ目的を持って旅をしている仲間としても、ひとりひとりと交流を深めておくことは 重要なので、同じ部屋で語り合えるのは良い機会だ。人数の問題で、たまに部屋をひとりで使う日もあるが。 今夜もまた、入った宿で3部屋取ることができた。 「今日は僕と同じ部屋ですね、よろしくお願いします」 部屋割りが終わった後、花京院が笑顔でジョセフに声をかけてきた。 「おお、こちらこそよろしくな。花京院」 和やかなムードで会話をしていると、ポルナレフと同室になったらしい承太郎と目が合った。 承太郎は何も言わずにジョセフに視線を合わせたまま、逸らす様子を見せない。 一体何が言いたいのだろう。そう思いながらもジョセフは花京院と共に部屋へ向かった。 「今日は何だか疲れたわい、明日に備えてもう寝るか」 やけに離れた場所にあったトイレから戻り、部屋のドアを開けて中に入る。すると中に居たのは同室になったはずの花京院ではなく、 承太郎だった。ジョセフは一瞬動揺したが、思考をめぐらせた末にひとつの結論にたどり着いた。 「部屋を間違えたようじゃ、すまんな承太郎」 苦笑いしながらそう言うと、ジョセフは孫に背を向けて部屋を出ようとする。 「じじい、あんたの部屋はここだぜ」 聞こえてきたその言葉に、ジョセフは足を止めた。振り返ると、ベッドに腰掛けている承太郎が煙草に火を点けている。冷静な表情を崩さぬままで。 「いや、確か今日はわしと花京院が……」 「あいつはポルナレフと話したいことがあるそうだ。だから俺と部屋を交換した、これで納得できたか?」 「え、ああ……そういうことか」 なるほど、と呟きながらジョセフはもうひとつのベッドに向かった。それにしても少しの時間、部屋から離れていた最中にまさかそんな展開になっているとは思わなかったが、 それ以上は深く考えなかった。そういうこともあるだろうと思ったからだ。 煙草を吸い終わり、上着を脱ぐ承太郎の様子を見てジョセフもベッドに入ると目を閉じた。 翌日の部屋割りの結果、ジョセフはシングルの部屋でひとりで寝ることになった。たまにはこういうもの悪くないかと思っていると、ノックもなしにドアが開いた。 その音に驚いて顔を上げると、掛け布団を脇に抱えた承太郎が立っていた。 「どうしたんじゃ、こんな遅くに」 「アヴドゥルが今夜は、ひとりになりたいらしい」 「……何じゃと?」 「だからあんたのところに来た、床でいいからここで寝かせろ」 そう言うと承太郎はジョセフの返事も聞かずに部屋に入ると、ベッドのそばに寝転んだ。 「おい承太郎、お前がベッドを使いなさい」 「俺に構うな、早く寝ろじじい」 掛け布団を身体に被せると、承太郎はそれ以上何も言わなくなった。 どう考えても納得いかない。アヴドゥルは自分の都合で、同じ部屋になった者を追い出すような奴ではない。そうでなければ、承太郎は自分の意思で部屋を出て、わざわざ ここに来たのだろうか。一体何のためなのか、考えてもよく分からなかった。 翌朝、泊まっていた宿を出る時にジョセフはアヴドゥルを呼び止めた。他の3人はすでに宿を出て、2人を待っている。話をするなら今しかない。 「どうしました、ジョースターさん」 「いや、その……お前に」 聞きたいことがある、と言おうとしてジョセフはそこで口を閉ざした。気付いたのは最近だ、承太郎が時々こちらに向けてくる意味深な視線に。 最初はあまり深く、その意味を考えようとはしなかった。もっとよく考えるべきだったのかもしれない、そんな気がしてきた。 ドアを開けて朝日の眩しさに目を細めた先では、学ランを身にまとった承太郎がこちらを振り向くことなく立っている。いつもと変わらない背中だった。 その日の夜、一緒の部屋になったのは承太郎だった。最近は何だかんだ言ってジョセフの部屋に来て寝ているので、久し振りという気はしない。 近いうちに承太郎と2人で話がしたいと思っていたところに、今夜のこの状況は偶然にしては出来過ぎているが、部屋割りはいつも通り平等な方法で決めた。一緒に旅をしているのだから、 いつ承太郎と同じ部屋になってもおかしくはない。ただ、4分の1の確率で同室になる機会が今夜ちょうど良くまわってきただけだ。 ベッドに腰掛けて煙草を吸っている承太郎と目が合った。ジョセフは早速、話を切り出す。 「承太郎、お前もしかしてずっと、わしと同じ部屋になりたかったのか?」 すると承太郎は、ジョセフの問いかけに眉をひそめた。そんな小さな反応でも何となく分かった、普段はめったに感情を揺らすことのない承太郎が、一瞬だけ動揺したことが。 「自惚れてやがるのかじじい、付き合ってられねえ」 やれやれだぜ、と言いながら承太郎は短くなった煙草を灰皿に押し付ける。 「……冗談じゃよ、お前をからかいたくてな」 「悪趣味だな」 「ああ、そうかもしれん。今更気付いたのか?」 何もかも勘違いだったのだろうか。しかしそのほうが良いと思った、祖父と孫という今の関係を保っていくためには。 胸の底で抱えていたどうしようもない者は全て、崩れて消えてしまえば楽になれる。きっと、この夜の終わりと共に。 |