形勢逆転





予定通り部屋が3つ取れたので、毎晩恒例の部屋割りが始まった。
しかしいつもと違うのは、それがポルナレフ・アヴドゥル・花京院だけで行われていたことだった。それに気付いたジョセフは、慌てて3人の間に割り込む。 何故このような流れになったのか、全く見当がつかない。

「お前達だけで、どうして勝手に始めとるんじゃ?」
「ああ、ジョースターさんは参加する必要ありませんよ」

そう言って花京院は、何の裏もなさそうな笑みと共に背後のテーブルに視線を向ける。そこでは承太郎が、この状況には無関心といった様子で椅子に腰掛け、煙草を吸っていた。 頬杖をついて窓の外を眺めていた承太郎が、こちらを振り向く。そして一瞬だけジョセフと目を合わせた後、再び窓のほうへと視線を戻した。

「あいつ、誰と一緒の部屋になっても結局ジョースターさんのとこに行っちまうし、もう最初から同じ部屋にしたほうがいいんじゃねえかって、話し合ったんだよ」
「お、おい……わしらを抜きで、そんな話を」
「我々も、こうしたほうがありがたいです。ジョースターさんと承太郎は血縁ですし、何もおかしくはないでしょう」

花京院に続き、ポルナレフやアヴドゥルも同意見のようで、ジョセフは何も言えなくなる。この騒ぎの元凶である承太郎は、煙草を吸い終えると椅子から立ち上がった。

「いつまでも騒いでねえで、行くぞじじい」
「……どこへ?」
「俺達が泊まる部屋に決まってんだろうが」

ジョセフの返事も待たぬまま、承太郎は皆に背を向けてひとりで階段を上っていった。まるで自分だけが取り残されてしまっているような状況の中、他の3人もそれぞれの 部屋に移動し始めていることに気付き、ジョセフもその後に続いた。


***


先に眠った承太郎の寝顔は淡い月明かりに照らされて、普段の鋭さが和らいでいた。 ジョセフはそれを隣のベッドに腰掛けながら、ずっと眺めている。

『承太郎、もしかしてお前ずっとわしと同じ部屋になりたかったのか?』
『……自惚れてやがるのか、じじい。付き合ってられねえ』

以前、5人で行われていた部屋割りで偶然ジョセフと同じ部屋になった承太郎は、眉をひそめながらジョセフの指摘を跳ね返していた。その時はただの勘違いだと思って いたが、今日の出来事でやはり自分の考えは当たっていたのではないかと感じた。頻繁に会いに行くことはできなかったが、孫である承太郎のことは大抵把握しているつもりだった。 それでも時々分からなくなる。今の自分は、承太郎にどう思われているのか。
ジョセフはベッドから立ち上がると、承太郎のそばに近づきその寝顔に手を伸ばす。指が頬に触れた瞬間、突然承太郎の目が開いた。驚いて手を引っ込めたがもう遅い。
寝起きとは思えないほど素早い動きで、ジョセフを床に押さえつけた承太郎は射抜くような鋭い視線でこちらを見下ろしてくる。怒っているのかもしれないと思い、ジョセフは 苦笑いしながら視線を合わせる。

「す、すまない承太郎……深い意味はなかったんじゃ。ほら、ちょっと昔を思い出して懐かしい気分になって」

先ほどまでとは、すっかり逆の立場になってしまった。承太郎相手に、ここから優位な立場に持っていくのは難しい。

「てめえは深い意味もなく、寝ている孫に手を出しやがるのか。とんでもねえエロじじいだな」
「手を出すとか、人聞きの悪いことを言わんでおくれ。わしが、ずっと可愛がってきた孫に悪さをするように見えるのか?」

内心では必死なジョセフの言葉に、承太郎の眉間の皺が更に深くなる。もうどうすれいいのか、分からなくなってきた。 意識の戻らない娘や、50年間連れ添った妻に、胸の内から助けを求める。

「じゃあ俺が、じじいに悪さをするのはアリってことか」
「ちょっと待て! どういう理屈じゃそれは……!」

承太郎の唐突な発言に焦りを隠しきれないでいると、寄せられた承太郎の唇に首筋を強く吸われた。その生々しい感覚に、身体中の血の気が引いていくのを感じた。
まさか自分の孫に、こんなことをされるとは思っていなかった。これはまるで、承太郎がジョセフに欲情しているようだ。あまりにも現実離れした展開に、これは夢かもしれない とすら考えた。
首筋に落とされる唇の位置が変わるたびに、ジョセフは身体を小さく震わせる。吸われた部分のいくつかには、すでに痕がついていそうだ。

「お前は……わしみたいな年寄りに、こんなことをして楽しいのか?」
「ああ、楽しいぜ。孫に好き勝手されて、動揺しているのを見るのは」

月明かりに照らされながら、承太郎は薄く笑った。その姿は、静かに獲物を狙う獣のようだった。初めて見るそんな孫に、ジョセフは魅入られて動けなくなる。

「正気か承太郎、わしを相手に」
「てめえだから、いいんだろ」

愛しい孫の姿をしたこの獣に食い殺される光景を想像しながら、ジョセフは深いくちづけを拒まずに受け入れた。




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2010/5/5
編集→2010/8/19