寝顔と恋心 DIOの支配から解き放たれた後で目にした承太郎の瞳の色は、この世の何よりも美しいと心の底から思った。今までずっと、暗く閉ざしていた世界に光が差し込んだ。 助けた理由を聞いても返ってきた答えは曖昧だったが、こちらに向けられた広い背中を見ていると熱い感情がこみ上げ、視界が涙でにじんだ。 ジョセフが運転する車が次の街に到着し、これから店で食事をするために仲間達が車から降りて行く。しかし着く直前から何度も声をかけてきた承太郎は、後部座席に背を預けたまま目を覚ます気配もない。旅や戦いの疲れがたまっているのか。 他の3人が先に行き、車内には承太郎と花京院だけが残された。 「いい加減、起きなよ」 身体を揺すってみたが効果がない。すっかり出遅れてしまい、花京院は深く息をつく。 そんな時、今は目蓋に覆われている美しい色の瞳を思い出した。昔から好きな色だったが、いつの間にか更に特別なものに変わっていた。承太郎が持つ色だから、こんなにも強く意識するのだと。 これはもしかすると恋なのだろうか、しかも自分と同じ男相手に。 幼い頃から誰とも打ち解けようとせず、友達はひとりもいなかった。もちろん恋愛感情など、この心に生まれたことはない。 だからこそ戸惑っている。ただの楽しい旅行とは違う状況で、仲間に対していかがわしい想いを抱いても良いものかと。 自分でも整理できない複雑な胸の内を、承太郎にぶつける勇気はない。しかし車内にふたりきりという今、目に見えない何かが囁きかけてくる。声をかけても反応を示さないほど深く眠っているのだから、絶対に大丈夫だと。 身勝手な欲望は次第に大きく膨らみ、抑えられなくなる。 眠る承太郎に、唇を寄せた。柔らかい目蓋にくちづけると、ついにやってしまったという気持ちで身体中が熱くなる。 いざという時に、知らない振りができる距離まで顔を離してから承太郎の様子を窺うと、幸いなことにまだ寝息を立てたままだった。そんなバカな、と疑ってしまったが、気付かれるよりは遥かにマシだと考えた。 「お前に聞きたいことがある」 その日の夜、宿で偶然同室になった承太郎が花京院に声をかけてきた。ベッドに腰を下ろし、長い足を組みながらこちらを見ている。 嫌な予感がしたが、それを隠し通すために何とか笑顔を作った。 「聞きたいことって?」 「昼に車の中で、俺にキスしたよな」 あまりにもストレートすぎる質問に、花京院は凍りついた。他に言い方はないのか。いや、逆に遠回しにじわじわ攻められても辛い。 「何のことだか……君、寝ぼけてたんじゃないかな」 「お前の匂いを間違えるわけねえだろ」 匂いという言葉に生々しさを感じて、どきっとした。 立ち上がった承太郎に迫られ、壁まで追い詰められた。逞しい腕で囲われて逃げ場を失う。動揺してしまうほど顔が近づき、花京院は息を飲む。 よく考えてみると、車内で花京院にキスされた時はすでに承太郎は起きていて、理由は分からないが寝た振りをしていたのだ。すっかり踊らされていた気がして悔しい。 「君にそんなこと、しないよ」 無駄だと分かっていても、まだ必死でごまかそうとしている。承太郎を欺ける人間など、この世に存在するのだろうか。するとしても、それは自分ではない。 唇が耳元に寄せられ、かすかな息がそこに触れた。 「目を閉じていても、お前のは分かる。まだごまかす気か?」 「……君って、獣みたいだね。確かにキスしたのは僕だよ」 声を震わせながら言うと、承太郎は低く笑った。結局、観念して認めてしまった。 それにしても我ながら的確な例えだと思う。美しい瞳の獣。この心は欠片も残さずに食い尽されて、後戻りできなくなっている。 「嫌じゃなかったのかい? 僕にあんなことされて」 承太郎にそちらの趣味があるとは思えなかった。学校でも常に大勢の女子達に騒がれているので、その気になれば彼女のひとりくらいできるはずだ。わざわざ男を選ぶ必要はない。 返事を待ちながら花京院はそう考えていた。承太郎の唇に、呼吸を塞がれるまでは。 |