showdown その柔らかい頬を濡らす涙を指で拭い取ると、優しく頭を撫でてやった。 こうするといつも落ち着くのだ。どんなに泣いていても、まるで魔法にかけられたかのように笑顔になる。 昔、同じことを娘にした時よりも効果があるのが不思議だ。今になってそういう力が高まったのか、それとも相性の問題か。そして思っていた通り、目の前で涙を流していた幼い顔に再び笑顔が戻ってきた。 『おじいちゃんのおてて、あったかくてだいすき!』 『ふふっ……ありがとう、わしもお前が大好きじゃよ。だからずっと、わしはお前の……』 言葉の続きを耳元で囁くと、小さな両手に頬を包まれた。 『ほんとに? おじいちゃん、しんじていいの?』 『ああ、信じていいぞ。約束だ』 ふたりだけの秘密ができた。まるで誓い合うように、互いに小指を絡める。甘く、温かく胸に染み込んだ約束を守っていけることを、ひたすら強く願った。 「じじい、火を貸してくれ」 旅の途中、ようやくたどり着いた宿の部屋で煙草をくわえる承太郎に、ジョセフは大きくため息をついた。 「煙草はやめなさいと、言ったはずじゃぞ」 「さあ、知らねえな」 「全く……お前はいつからこうなったんだか。昔はもっと素直で、可愛げがあったぞ」 「戻りもしねえ昔のことを、いつまでもガタガタ言ってんじゃねえよ。うっとうしいぜ」 「……戻りもしない、か。確かにそうじゃな」 ジョセフが視線を外して俯くと、それまでは口の減らなかった承太郎が急に黙り込んだ。昔の思い出をいつまでも引きずっている、自分こそが間違っているのだと 思った。承太郎はもう、小さな子供ではない。それを分かっていながらも、昔のことを口に出してはあの頃は良かっただの何だのと言って、無意識に勝手な想いを 承太郎に押し付けていた。うっとうしいと言われても仕方がないと、ようやく自覚した。 あの約束も、とっくに忘れてしまっているだろう。今となっては、そのほうが良いのかもしれない。命を落としかねない大きな戦いを控えている今は特に、そんな昔の 出来事など思い出す余裕すらなくても当然だ。 これから前を向いて進んでいかなくてはならない孫を、縛り付けておくわけにはいかない。 「今日はもう寝たほうがいい……おやすみ、承太郎」 何もかも振り切るように、ジョセフは承太郎に背を向けた。すると後ろから小さな舌打ちのような音が聞こえてきた。 「逃げんじゃねえよ、じじい」 「何じゃと?」 承太郎の一言に思わず振り返った途端、身体が動かなくなる。それはすぐに、いつの間にか現れていたスタープラチナに背後から両腕を掴まれているのだと気付いた。 ジョセフは自分のスタンドの力では、確実に歯が立たないと分かっている。逃れることはできない。 「一体どういうつもりなのかは知らんが……こんなことはやめなさい、承太郎」 「嘘つきじじいには、似合いの格好だろうが」 ベッドに腰掛け、足を組みながらこちらを見ている承太郎の目からは、ぞっとするほどの冷たさと怒りを感じた。 素直じゃないだの可愛くないだのと言いながらも、ジョセフにとっての承太郎は17年間ずっと大切な存在だった。もちろんその気持ちは、今でも何ひとつ変わっていない。 しかしここで、嘘つき呼ばわりされながらスタンドで拘束されている状況が、うまく飲み込めない。 「じじいは、今の俺じゃ不満か」 「どういう意味じゃ」 「いちいちしつこく昔の話ばかり持ち出して、俺への嫌がらせとしか思えねえんだよ」 「わしがお前に嫌がらせをする理由が、どこにある?」 「それに、何か言いたそうなツラしながら背中向けて逃げやがって……嘘つきじじいが」 「だからいつ、わしがお前に嘘を」 「てめえ、自分が俺に言ったことも忘れやがったのか」 そう言って眉をひそめた承太郎を見て、ジョセフはまさかと思った。しかし、そんなはずはないという考えも浮かんでくる。 『だからわしはずっと、何があってもお前の味方じゃ。絶対にお前を見捨てて逃げたりはしない。この気持ちは永遠に、承太郎だけのものじゃよ』 胸の内でよみがえった自分の言葉と、目の前で承太郎が呟いた言葉は見事に重なった。 「あの時の約束、覚えておったのか」 「じじいの気まぐれをいつまでも覚えていた結果が、このザマだ。くだらねえな」 「……気まぐれなんかじゃない!」 まるで感情に火がついたかのように、ジョセフは叫んだ。唇を薄く開いたまま、何も言わない承太郎に向かって更に続ける。 「ただの気まぐれで、あんなことが言えるか! わしはお前に、中途半端な気持ちで接したことなんか、今まで1度もなかったぞ! それに、わしは昔と変わらず今のお前 のことも、ちゃんと愛している!」 勢いに任せて、ずいぶん恥ずかしいことを叫んでしまった。しかし後悔はしていない。承太郎の誤解を消し去るためなら、少しくらい恥をかいても構わなかった。 承太郎が無言のまま目を伏せた直後、ジョセフの身体に自由が戻った。気持ちは伝わったのだろうか、よく分からない。 「愛してるだの何だの、恥ずかしいじじいだな。いかれてんのか」 「う、うるさい!」 頬が熱くなり、悔しさも同時に生まれてきた。承太郎の表情は帽子に隠れてあまりよく見えなかったが、口元はかすかに緩んでいた。 太陽の眩しい光が窓から差し込み、眠っていたジョセフの顔を照らした。慌てて起き上がると、隣のベッドを使っていた承太郎はすでに準備を終えて壁にもたれかかっている。 「おはよう承太郎……早いな」 「じじいが遅いだけだ」 「すまんすまん、今から支度するからちょっと待ってておくれ」 そう言ってジョセフは、ベッドから出て身支度を整えた。そして何か忘れていると思ったと同時に、承太郎がジョセフの頭に帽子を片手でかぶせてきた。 「さっさと行くぞ」 すぐに背を向けて部屋のドアを開けた承太郎の姿を眺めながら、ジョセフは目を細めた。 確かに子供の頃とは雰囲気は変わっているが、承太郎を想う気持ちは決して揺るがない。 これからも、ずっと。 |