特等席 修行の汗を風呂で洗い流し、良い気分で自分の部屋に戻ると、そこにはまるで待ち構えていたかのようにジョセフが居た。 それを見て一瞬部屋を間違えたのかと思ったが、ここは確かに館の中でシーザーが使っている部屋だ。 鍵はついていないとはいえ、勝手に人の部屋に入るとはどういう神経の持ち主なのか。 「シーザー、さあここに座って! 特等席よ〜ん!」 ベッドに腰掛けたジョセフが笑顔で自分の太腿を軽く叩くのを見て、シーザーは顔を引きつらせた。 いくら部屋にはふたりしかいないとはいえ、そんな恥ずかしいことができるわけがない。なのにこの男は笑顔で無茶な要求をする。 これは何だ、何プレイだ。そう思いながらシーザーはその場に立ちつくす。 ああ羞恥プレイか、と上手く回らない頭で考えていると、動かないシーザーに痺れを切らしたジョセフが少し厚めの唇を尖らせた。 「誰も見てねえんだからさあ、そんなに恥ずかしがらなくてもいいんじゃねえの」 「誰も見てないとか、そういう問題じゃないだろう! どうして俺が、そんなことをしなきゃいけないんだ!」 「どうしてって言われても、俺がしたいって思ったから」 「動物かお前は! 本能を押しつけるな!」 「いやー、お前と向き合っていちゃいちゃするの、ずっと夢だったんだよねえ……ちょっとだけだからさ、ダメか?」 そう言ってジョセフは、笑いながら片目を閉じて見せた。実はジョセフの、こういう仕草に弱い。年下に甘えられる状況というか、もし自分が女だったら母性本能をくすぐられる感じが。 ジョセフは普段いい加減な男だが、シーザーを強引に押し倒してきたりはしない。せいぜい軽口と共に、べたべたしてくる程度だ。 鬱陶しいとは思うが、別に嫌悪感までは抱かない。それはきっと、内心ではジョセフのことが好きだからだと思う。こちらからは口に出さないが。 最初はこんな奴と組むのはごめんだったが、一緒に修行の日々を送るうちにジョセフの色々なことが分かってきて、うっかり情が移ってしまった。 それが恋愛感情に変わった瞬間のことは、はっきりとは覚えていない。 気がつくと、ジョセフに友情を越えた好意を持ち始めていたのだ。 「うるさい奴だな……少しだけだぞ」 「やった! さすがシーザー、話が分かるぅ!」 「調子に乗りやがって……」 シーザーはため息をつくと、ジョセフに歩み寄った。そしてベッドに座っているジョセフの腰を跨ぐように、太腿の上に腰を下ろす。この体勢だと自然に身体が密着してしまう。 顔も近くなったジョセフの視線から目を逸らして逃れる。 「やっと俺のそばにきてくれたな、シーザー」 ジョセフの手が、シーザーの顎のあたりに触れる。くすぐったいような、もどかしいような感覚。うまくジョセフの策略にはまってしまったような気がして、微妙に苦い気分になった。 「お前がしつこいからだろ」 「俺、そこまでしつこく頼んでないけど?」 「自分じゃ分からないだろうがな」 「ふーん……そういうもんか。まっ、いいけどねえ」 あまり納得していない様子のジョセフの手が、今度は頬を撫でてくる。大きく厚い手のひらの、かすかな温度を感じた。 身体をうっすらと走る、甘い痺れに心が乱れる。目の前のジョセフの胸元や腕に触れ、形だけの抵抗をしても状況は変わらなかった。 ジョセフがしつこいから、と言い訳しながら流された結果がこれだ。脅されたわけではなく、シーザーは自分でこうすることを決めた。 薄々と、こういう雰囲気になることは分かっていたのに、それが現実になると戸惑ってしまう。 現在進行形で付き合っている女は、何人もいる。彼女のひとりすらいないジョセフには、経験では遥かに勝っているはずだ。 そのはずが、余裕を保つことができない。多分、男相手の経験に限っては皆無と言ってもおかしくないからだ。振り回されることには、慣れていない。 「なあシーザー、お前からキスしてよ」 「何、言ってるんだ」 「こういう時でもないと、聞いてくれねえだろ」 「あのなジョジョ、いい加減に……」 その後の言葉は、ジョセフに抱き締められたことによって途切れてしまった。ふたりの身体は隙間なく密着し、温もりが生々しく伝わってくる。 耳にジョセフの唇が触れ、シーザーはびくっと身体を震わせた。 「ずっと言ってなかったよな……お前が好きだって」 「……えっ」 「真剣だと思われてないんじゃないかって、すげえ不安だったんだぜ」 「ジョジョ……お前」 シーザーの耳から唇を離したジョセフが、まっすぐな目でこちらを見つめてくる。たまに見せるこういう表情はかなり反則だと思う。 そんな顔をされては、いつものようにはねつけることができなくなる。 今、どんな言葉を口に出してもきっと、上手くジョセフに伝えられないと思う。シーザーは一呼吸置いた後、ジョセフに自分から唇を寄せてくちづける。 それはじれったいほど、軽く触れ合うようなやわらかいものだった。それでもジョセフと交わした初めてのそれは、シーザーの胸に鮮やかに刻み込まれた。 拒むために伸ばしていたはずの両腕は無意識に、ジョセフの背中に回していた。まるで更にその先にあるものを求めるかのように。 |