とらわれ 生意気だ、という言葉と共に腕にはめていた時計を、目の前に居る男に奪われた。 それは確かに自分の今の年齢には釣り合っていない、高価なものだ。 しかしこの腕時計の本来の持ち主は、別に存在している。 これが本当に似合っていた、幼い頃からよく知っている身近な人物。その温もりと優しさを受けながら、ここまで生きてきた。 一緒に奪われた財布のことは、どうでも良かった。妙なスタンドの力で、こちらを不利な状態に追い込んだ上、腕時計を得意気に眺めている男を、承太郎は鋭い目で睨みつけた。 その時計に触るんじゃねえ、と胸の内で叫びながら。 『承太郎、もうお前も中学生か……早いな』 皺の刻まれた大きな手が、承太郎の頭を優しく撫でる。 『俺、これでまたおじいちゃんに近づいたよね。今はまだ追い付けてないけど、そのうち俺もでっかくなって、おじいちゃんみたいに 逞しい男になるんだ!』 『はははっ、それは楽しみじゃ……ああ、そういえば』 何かを思い出したかのような顔でそう言った祖父は、自分の腕から時計を外すとそれを承太郎の腕にはめた。 金具の音、そして腕に重みがかかる。 『わしがずっと使っていた腕時計じゃよ、これをお前にやろう』 その時の祖父の微笑みは承太郎の心を温かく満たし、ずっと忘れられないものとなった。 『パパったら……承太郎にはまだ早いわよ。その時計って、すごく高いんでしょ?』 『そろそろ新しいものを買おうと思っていたし、これからは承太郎に使ってもらったほうが、わしも嬉しいよ』 母親と祖父の会話を聞きながら、承太郎は腕時計の白い文字盤や銀色の秒針をじっと見つめる。具体的な値段は分からないが、母親の 言うとおり、この時計を自分が持つにはまだ早いかもしれない。 それでも、大好きな祖父が使っていたという事実に、ためらいは吹き飛んでしまう。これから先、この腕時計が似合う立派な男になれば 何の問題もない。 祖父が帰った後、自分の部屋に戻った承太郎は手首の腕時計にそっと触れる。まだ祖父の温もりが残っているような気がして、大きく心臓が弾んだ。 学校に着けて行ったらだめよ、と母親に言われたが、出来る限りはこの腕時計と共に過ごしたい。家を出るまでは制服のポケットに入れておくことにする。 この腕時計の重みに耐え、受け止められる強い男になりたい。愛しい者を守れるほどに。 どれだけの時間がかかっても、ゆっくりと確実に、理想に近付ければ。 まだ細い手首で、金具が揺れる音がする。 決意ごと握りしめた手のひらに、爪が食い込む。その痛みはまるで、自らを奮い立たせる証のようだった。 殴り倒した男から、奪われた財布と腕時計を取り戻した承太郎は、他の仲間と合流するために歩き出す。 最近の自分はおかしい。何故こんなにも祖父を、今まで以上に強く意識し始めたのだろう。 この旅が終わるまでに、答えは出るのか。 腕時計を託されたあの日から、それまでとは違う何かが、心の中で動き出した。それと共に、祖父の存在そのものに身も心もとらわれて、もう引き返せない。 |