イエローカード騒動/5 四人が向かったのは、以前にリリアンかわら版で教師が紹介していた喫茶店だった。 高等部の間でもすでに有名なその店は、木造の古い洋館を改造して作ったらしい。 注文したケーキや飲み物を待っている間、信号を無視した由乃が車に衝突しかけた件を祥子から伝えられた令は、顔色を失った。 怒られると思っていた矢先に令の目から涙がこぼれ、由乃に抱き付いてきた。ここが公共の場所なのにも関わらず。 未だに嗚咽が止む気配は無い。この場で隣の席に座ったのは間違いだったかもしれない。 「今日の事は私が悪かったんだから、令ちゃんは怒ってもいいんだよ?」 「……でも、こうして由乃が無事で居てくれたから、今はもうそれで充分」 「令ちゃん、ありがと。心配かけてごめんね」 仲の良い幼馴染として心配するのではなく、お姉さまとしての厳しい対応を令に望んでいたらしい祥子は、 そんな光景を見て重いため息をつく。 令をなだめながら顔を上げると、祐巳が心配そうな表情で由乃を見ていた。 それでも祐巳は何も言わない。由乃も、自分から声をかけたりはしない。 数日前に起きた中庭での件以来、由乃と祐巳は気まずいままだった。 正直なところ、今の由乃は祐巳の事を恨んでもいないし、怒ってもいない。 仲直りのタイミングを掴めないまま、ここまで来てしまったのだ。 あと一歩が、どうしても自分から踏み出せないでいる。 その日の夜。 お友達が来ているわよ、と母親に言われて由乃が玄関へ向かうと、そこには祐巳が居た。 赤いダッフルコートにジーンズという、昼間と同じ格好で。 「ごめんね由乃さん、いきなり来ちゃって」 「別に構わないけど」 友達だというのは本当だし、祐巳は以前にも遊びに来た事があるので、違和感は無かった。 暖房が届いていないここは寒いので部屋へ上がってもらおうと思って誘ってみたが、祐巳は首を左右に振ると話を続けた。 「こうやって二人で向き合うのって、何だか久しぶりだね」 「……そうね」 「私、由乃さんと気まずくなってから、ずっと辛かった。何か言わなきゃって思っても、頭が真っ白になって、うまくいかなくて」 言葉が不自然に途切れて、口調がおぼつかない。そんな祐巳の話を黙って聞いていた。 嘘でも建前でもない懸命さを目の当たりにしてしまったから、それまでの気まずさがすっかり薄れて、 由乃は祐巳を突き放す事が出来なかった。 「それでね、どうしようか迷ったんだけど、やっぱり今日のうちに伝えたかったから」 「何を?」 「令さまとのデート、すごく楽しかった。 知らない人に絡まれて怖い目にも遭ったけど、令さまはちゃんと私の事、護ってくれたよ」 それは由乃も見たので知っている。令は一緒に居た祐巳を、男達から全力で護っていた。 あの時は思わず、一瞬だけ、祐巳に妬いてしまった。 勇ましくて頼もしくて、そして優しい。ミスター・リリアンという呼び名は、まさに令のためにあると感じた瞬間だった。 由乃の前では焦ったり慌てたり、情けないところを見せたりもするが。 「宝探しの日にデートが決まった時ね、由乃さんに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。 本当に私が令さまとデートしてもいいのかなって、ずっと悩んでた」 「……だからあんな、さえない顔してたのね」 「うん……でも、ね。日が経つうちに、今回のデートはいい機会かもしれないって思い始めたんだ。 私が知らなかった由乃さんの事、令さまに聞いてたくさん教えてもらったし」 祐巳はそう言いながら、微笑んでいた。 「令さまって由乃さんの事を話す時、本当に優しい顔をするんだね」 由乃は心のどこかにあった重い塊が、柔らかく溶けていくのを感じた。 祐巳が由乃の事を知りたがっていた。それを本人の口から聞いて、由乃はくすぐったいような照れくさいような、 複雑な気分になった。 もし祐巳が令に特別な好意を抱いていたのなら、デートの最中にわざわざ自分から由乃の話をしたりするだろうか。 黄色のカードも、偶然見つけてしまったとしか考えられない。 カードを見つけてから提出するまで、戸惑いや葛藤があったはず。 祐巳はただ、ゲームのルールに従っただけだ。 「まだまだ甘いわね、祐巳さん」 「えっ?」 「私の事が知りたいなら、私に直接聞くのが一番でしょ」 表情を緩め、由乃は祐巳に手を差し出す。すると祐巳は一層明るい表情になって、由乃の手を握った。 「その代わり……私が知らなかった祐巳さんの事も、これから色々教えてよね」 「うん、もちろんだよ!」 二人の右手が、しっかりと繋がってひとつになった。そこから少しずつ、冷えかけた身体が温められていく。 一足早く、次の季節が訪れたかのように。 |