あこがれ すげえ美人、という声が通りすがりに聞こえてきて、ゆららは誇らしくなった。 その褒め言葉はもちろん自分のことを言われたわけではなく、隣を歩いている長身の従姉に向けられたものだ。彼らの目線がそう語っていた。 風に揺られた黒髪を手で何気なく押さえる動作も、何もかもがサマになっていて見惚れてしまう。将来はこんな女性になりたい、と常に思っている。ずっと昔からだ。 「どうしたの、ゆらら」 「えっ、いや、何でもないよ!」 先ほど寄った店で買った服が入った、手提げのついた紙袋を両手で持ちながら、ゆららは慌てて首を振った。まさか奈子さんを見つめていたとは言えない。 「せっかくの日曜なのに、買い物に付き合わせちゃってごめんね」 「気にしないで、私も久し振りにゆららと遊べて楽しいから」 目を細めて優しく微笑む奈子は、この世に降臨した女神そのものだ。こんなことを口に出したら完璧に痛い奴だと思われそうなので、心で叫ぶだけに留めておく。 ゆららにとって奈子の存在は、幼い頃からの憧れだった。頭が良くて落ち着いていて、いつだって優しい。叱られたことは何度もあるが、それはゆららを想ってくれている からこそだと伝わってくるので、ますます好きになる。従姉ではなく、本当の姉だったらいいのに。 しばらく歩いていると、本屋の前で知り合いを発見した。海外ブランドのロゴが大きく入った、派手な色のバッグを肩から提げている真雪だ。こちらに気付いたらしく、視線を 向けてくる。いつ見ても化粧が濃い。 「真雪さんも買い物ですか?」 「まあね、原稿でずっと家にこもってたから気分転換に」 「今日は天気もいいし、買い物日和かもね。私もゆららに誘われて来たの」 奈子がそう言いながら1歩前に進み出ると、真雪は一瞬だけ警戒するような表情を浮かべた。このふたりの間には、ゆららの知らないところで何かあったのだろうか。 3人で仲良くできたら最高なのだが、今の真雪の様子を見る限りでは難しそうだ。 真雪の髪についている小さな花びらに気付いたらしい奈子が、手を伸ばしてそれを取った。普段通りの穏やかな雰囲気の奈子に対し、真雪は目を逸らして俯く。 「あ、ありがとうございます」 「真雪さん、これから私達と一緒に喫茶店でも行かない? いいでしょ、ゆらら?」 「わ……私は構わないけど」 ゆららは戸惑いながら真雪の表情を窺う。明らかに居心地の悪そうな感じが、ここからでも伝わってくる。奈子はこの様子に気付かないほど鈍感な人ではないはずだ。 「すみません、私これから用事があるので失礼しますね」 早口気味にそう言うと真雪は、軽く頭を下げて去って行った。ゆららが言葉を探しているうちに、その背中は遠ざかっていき見えなくなる。 「奈子さん、真雪さんのことどう思ってる?」 「どう、って……お洒落で才能もあるし、素敵な人だと思ってるけど」 「本当に、それだけ?」 「どうして?」 「いや、あまりいい雰囲気じゃないなって。何となく」 「真雪さんはまだ私と知り合ったばかりだし、緊張してるのかもね。そのうち自然に話ができるようになるから大丈夫」 微笑みと共にそう言い切られてしまうと、素直に受け入れるしかない。 黙りこむゆららの手を、奈子が急に繋いできて驚いた。外で手を繋ぐなんて何年ぶりだろうか。しっとりとした、大人の女性の手の感触。どきどきする。 「喫茶店、行く?」 「うん、行こう!」 弾む心を抱えながら大きく頷く。休日の人波の間をすり抜けて、大好きな奈子と一緒にお気に入りの店を目指した。 |