絶対ありえない! 「やっぱり真雪さんってSなんですね、予想通りだった」 日曜日、一緒に街に出て買い物した後に寄ったレストランで、ゆららにそう言われた。注文したライス付きのハンバーグにフォークを刺したまま、真雪の手が止まる。 台詞の意味を考えてみると、どうやら自分はサドだと思われているようだ。この前、胸への愛撫で感じていたゆららを見て興奮した。更に感じさせてやりたかったくらいに。 そんな考えを見破られたのかもしれないが、他にも客が大勢いる店内で指摘するのはおかしい。ゆららはこういう性癖関連の話をあまり口に出さないと思っていたので意外だった。 「……あんたね、勝手にそう決めつけるのってどうなの?」 「決めつけるも何も、実際そうじゃないですか。私は中学の頃からMだったんで羨ましいかも」 「中学の頃から!?」 「ええ、別に驚くほどのことでもない気が」 真顔で言うと、ゆららはアイスクリームの浮いたメロンソーダをストローで吸う。今は冷めかけているハンバーグのことはどうでもいい。それよりも義務教育時代からM、つまり マゾだったという衝撃の事実のほうが重要だ。もしかするとゆららの肌に触れたりキスしたのも、真雪が初めてではない可能性が出てきた。 遊んでいるようには見えない、年相応の可愛らしさを持つゆららがまさか、こんな場所で堂々と宣言してしまうほどのマゾだとは。 『私、痛くされると感じちゃうんです。指1本じゃ足りない、もっと増やして』 『いじめられてこんなに濡れるなんて、私すごい変態ですよね……』 『っあ、私まだ中学生なのに……だめなのに気持ちいい! こんなのお母さんにばれたら、怒られちゃう』 わずか数秒で絶対有り得ない妄想が頭を駆け巡った真雪は、それらをごまかすために急に椅子から立ち上がった。 こちらを見上げながら呆然としているゆららと目が合い、気まずくなる。 特に最後のは、見たことのないセーラー服姿のゆららで再生されていた。現役の小説家という職業でも、さすがに思い描く方向が間違っている。成人向けの話は書いた経験すらない。 逆にサドだった場合ならどうだろう。それほど犯罪めいた展開にはならない気がする。 『うわあ、もうぐちょぐちょですよ? 本当に指だけで満足できるんですか?』 『ねえ、使ってみましょうか……大人のおもちゃ。今はインターネットの通販か何かで簡単に買えますよね。真雪さんは、おもちゃで責められるほうが好きそう』 『そんなに締め付けられたら、私の指がちぎれちゃいますよ。夜は変な妄想しながらここ、いじってるんでしょ。変態』 私は変態じゃない、と叫んで我に返った。客や店員が一斉に振り返り、こちらに注目している。急速に頬が熱くなり、全身が震える。この状況に耐えられなくなった真雪は トイレに駆け込み個室に閉じこもった。蓋が下りたままの便座に腰掛けて、大きく息を落とした。 最近の自分はどうかしている。自宅で仕事をしていても外で買い物をしていても、気が付くとゆららのことばかり考えていた。そしてあんな妄想までするなんて、サドどころか本物の変態だ。 今日で愛想を尽かされたかもしれない。絶対に呆れられた。 入っている個室のドアがノックされ、慌てて顔を上げる。 「真雪さん、大丈夫ですか」 「え、あ……多分」 「いきなり叫んでトイレに行っちゃうし、心配したんですよ。変態がどうとか言ってましたけど」 「それはっ」 「服のサイズの話から、何でそんな方向に行っちゃうのか謎ですよ」 それを聞いて完全に勘違いをしていたことに気付く。 このレストランの前に寄った店で何着か服を買ったので、サイズの話を持ち出したのだろう。 確かに真雪の服はSサイズで、先ほど聞いたゆららが中学の頃からMだという話も、そういう意味だ。 余計に恥ずかしくなってきた。しかしいつまでも待たせるわけにもいかず、使ってはいないが一応水を流してから個室を出る。 「顔色、やっぱり良くないかも」 ドアの前に立っていたゆららが、顔を覗き込んでくる。近い距離に意識してしまう。 「青くなったり赤くなったり、忙しい人ですね」 「いっ……今はちょっと不安定なの!」 「そうですか」 苦笑するゆららを眺めながら真雪は、ここがトイレではなく雰囲気のある場所なら盛り上がったのに、と密かに思った。 そんな自分はやはり懲りていないらしい。 |