後戻りはできない!/後編 椅子だと窮屈なのでベッドに移動したが、もしかするとそれは間違いだったかもしれない。 うっかり酒を飲んでしまい酔った高校生を相手に、ますますその気になっていく。洗いたての長い髪がシーツの上に広がり、ゆららが動くたびに揺れる。 キャミソールを捲り上げて露わになった胸の膨らみは柔らかく、真雪の手の中で形を変える。仕事中にキーボードが打ちにくくなるので、普段から不必要に爪は伸ばさず短く切り揃えていた。そのおかげで、 こういう時でもゆららの肌を傷つけずに済んでいる。 すっかり硬くなった乳首を舌先で撫でると、頭上で甘い声が漏れた。 「はあ、んっ……」 「嫌じゃないの? こんなことされてるのに」 「恥ずかしっ、でも……きもちいい」 覆い被さっている真雪の下で、ゆららの火照った身体が疼くように震えた。潤んだ瞳が、こちらに向けられている。 ゆららがどこまで望んでいるかは分からないが、胸だけを愛撫して終わりにはできない雰囲気だった。とはいえ、これからどうすればいいのか迷っていた。成り行きでリード している形になっているが、実は真雪も女同士の行為には慣れていない。 指と舌だけを使って、ゆららを満たすことはできるのか。 「そういえば、まだ真雪さんの気持ち聞いてない」 「え?」 「私のこと、好きですか」 先ほどより冷静になった表情で、ゆららは真雪を見つめている。まだ告白もしていないうちに、いかがわしい展開になってしまった。疑われても仕方がない。 好きだという気持ちは常に抱えているのに、それを素直に口に出せないでいた。この歳になって、まともに告白すらできないのは情けない。 「それとも、本気じゃないのに私を」 「バカなこと言わないでよ。私がこうしたいって思うのは、あんただけなのに」 身を乗り出して、再びゆららと唇を重ねた。軽く触れ合せた後、耳にもくちづける。 好き、と思い切って囁くと、ゆららは驚いたのか一瞬だけ目を見開いた。 「本当、に?」 「何度も言わないと、信じられないの?」 「違う……嬉しくて、夢みたいです」 ゆららの両腕が伸びてきて、真雪は背中を抱き締められた。隙間なく密着していると、身体の奥が燃えるように熱くなる。とろけそうだ。ずっとこうしていたい気分になる。 ためらいを飛び越えた先には、こんなに甘くて幸せな世界があった。滑らかな肌やボディソープの香りを感じながら、真雪は目を閉じた。 「真雪さんは、どうして小説家になろうって思ったんですか?」 ふたりで被ったタオルケットの下で、そう問われた。 あれから先には進まず、眠る準備をした後で一緒にベッドに入った。酔っていたゆららは時間が経ったせいか、今では正気に戻りつつある。 前に受けた雑誌のインタビューでも同じ質問をされたが、好きな小説家に影響を受けて……と、無難な答えを返した。本当のことを話して、あれこれ突っ込まれるのが面倒だったのだ。 「私は、自分にしかできない仕事がしたかったの。確かに普通の会社員に比べれば何もかも不安定だし、当然親にも反対された。初めて新人賞に応募したのは高校の頃で、 その時は一次選考にも残れなくて全然ダメだったけど、諦めないで原稿を送り続けていたら、編集部から連絡が来てデビューが決まったって感じ」 「デビューした時、ご両親は何て?」 「小説だけで一生食べて行けるはずがない、って。売れなくなった時のことを考えて、何かの仕事と兼業でやっていくのがベストなんだろうけど、当時の私は他の仕事なんか 眼中になくて。就職活動もしないままでいたらまた親と言い争いになって、短大を卒業したらひとりで生きて行くってことで話がついた」 「で、でも今でも連絡くらいは」 「取ってない。だから今の生活ができなくなっても、戻れる場所はないの」 ゆららに言うつもりはないが、それなりに本が売れ始めた今でも優雅な印税生活とは程遠い。一人暮らしで何とかやっていけているという程度だ。しかし服や化粧には手を抜きたく ないのでその分、外食などの贅沢はしないようにしている。 後戻りはできないと分かっていても、小説を書くことをやめられない。それは決して生活のためではなく、書きたいという情熱を原稿にぶつけていくためだ。 夢は叶った。だから自分が進んできた道が間違っているとは思いたくない。 いつの間にか、そばで話を聞いていたゆららが寝息を立てていた。少し乱れたタオルケットを、ゆららの肩まで引き上げてやりながら眺めたその寝顔に心が和んだ。 ここまで自分の境遇を語った相手は他にいない。全てを受け入れられたと勘違いをして、これから無意識にゆららに依存してしまいそうで怖かった。 |