ひとりじゃない!





『クラスのみんなでカラオケ!』というツイートの後ろのリンクをクリックすると、マイクを置いたテーブルとその向こうにいる茶髪の女子高生を携帯電話で撮影した写真が出てきた。
一応、首から上は写らないように配慮しているらしい。他にも数人分の手や足が見える。
そういえば今は学校が終わったあたりの時間帯か。締め切りが近いので家で原稿を書いていると、いつの間にか夕方になっていた。空の色が変わっていたのも気付かないほど 集中していたのだ。
ゆららからツイッターを薦められたのは最近のことで、『面白いから真雪さんもやってみませんか?』と言われ、携帯にゆららのIDが書かれたメールが送られてきた。
実はデビューして間もない短大時代に友達数名をフォローして、私生活も小説の仕事も何もかも赤裸々にツイートしていた。しかし本名そのままで登録していたのが悪かったのか 当時の担当者に見つかり、かなり厳しく注意を受けて結局退会してしまった。
そんな苦い過去があるので、また始めるのは抵抗がある。しかもデビューした頃よりもそれなりに 名前が広まっている今では、ちょっとした発言すら命取りになる。真雪よりも遥かに有名な小説家が、ある芸能人の名前を挙げて過激な批判ツイートをしたのが原因で騒ぎに なり、その件は朝の情報番組でも取り上げられていた。同業者がそういう事態になると、余計に生々しく感じる。
現実でも感情的になりやすい自分には、リアルタイムで何かを発信するものは向いていないかもしれない。
それにしても、ゆららは今の時点で三桁近いフォロワーとはどうやって知り合ったのだろう。真雪とは違い人当たりが良いので、最近のツイートを見ても刺々しさの欠片もなく 年相応の親しみやすい雰囲気を醸し出している。顔は知らなくても、単にツイートの内容が気に入ってフォローしたパターンもありそうだ。
真雪は友達が少ない。一度転校したせいか小さい頃によく遊んだ幼馴染とは疎遠になり、中学・高校時代は口調のきつさで周囲と何度も衝突して、短大に入ってからようやく 気の合う友達ができた。
小説家としてデビューして雑誌やテレビに出始めると、まともに会話すらしていなかった昔のクラスメート達から電話が来たり同窓会のハガキが届いたが、感じが悪いので無視をした。 売れていなかった頃は、どうせ存在すら忘れていたくせに。手のひらの返し方が、笑えるほど露骨だ。

『小説家がそんなに偉いんですか? 何を言っても許されると思ってるんですか?』

もう思い出したくないほど愚かな行為をした数か月前、そんな真雪を厳しい口調で追い詰めてきたのが初対面のゆららだった。最初は生意気な奴だと思いこちらも攻撃的に なったが、主張をぶつけ合っているうちに最後は打ち解けてしまった。もし小説家とファンという関係であれば、こうはいかなかった気がする。
再び、ゆららがカラオケで撮った写真を眺めた。自分の高校時代には味わえなかった楽しそうな空間。もしあの頃、周囲と馴染む努力をしていたら変われただろうか。
自宅が職場なので、学校を卒業した後は新しい人間関係を築くのが難しい。孤独な仕事だと思う。一人暮らしの家の中、心臓が止まって死んでも誰にも気付かれないのだ。
玄関の呼び鈴が鳴り、我に返る。丸いレンズ越しに見えた人物の姿に、真雪は慌ててドアを開けた。

「いきなり来ちゃって、すみません」

制服姿のゆららが、苦笑いしながらそう言った。まだカラオケにいると思いこんでいたので、目の前にこうして立っているのが信じられない。

「カラオケ行ってたんじゃないの?」
「あ、ツイッター見てました? 明日も学校あるし、解散になりました」

立ったまま鞄の中を探っていたゆららが取り出した物に、驚いて言葉を失う。前に実写ドラマ化された、真雪の書いた本だった。活字嫌いのゆららが読むはずがないのに。

「時間はかかりましたけど、さっき電車の中でようやく読み終えたんですよ。人物の設定とか、やっぱりドラマとは全然違いました。私はこっちのほうが好きです」

都合の良すぎる夢だと思った。まさかゆららが、真雪の小説を読んでくれるとは。そして色々と改変されたドラマよりも、原作のほうを気に入ってくれたことも。

「……そんなとこに立ってないで、上がってよ。もっと感想聞かせて」

ドアの外にいるゆららを中に招き入れると、背を向けながら熱くなる頬を手で包む。緊張と嬉しさでどうにかなりそうだ。 孤独だった部屋が、今は幸せに満ちた空間に思えた。




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2011/10/6