本気じゃない! 「実は私、結婚するんだ」 『えっ、うそ!?』 電話の向こうからガタガタッという慌ただしい音が聞こえてきて、真雪は一瞬驚いた。見えないところで何が起こったのかとても気になる。普段はめったに取り乱さない相手なので、今更ながら申し訳ない気分だ。 しかしすぐに訂正して謝るのではなく、もう少し遊びたいと思ってしまった。 『あ、でも今日は……いや、でもそんな、まさか』 「今日は? なに?」 『えっと。結婚、ですか。真雪さんが……そうですよね、私とじゃ結婚もできないし、子供も』 予想に反して重く受け止められてしまった。確かに、同性のゆららとでは結婚することは不可能だ。それくらいは充分に承知している。分かっていても全力で愛したいと思える相手がゆららしかいないので仕方がない。他の誰かと結ばれて結婚する未来を全く想像できないのだ。 『私と付き合う前からその人とは、結婚の約束してたんですか? 私のことずっと騙してたんですか……酷い!』 「ちょっ、待っ」 前に喧嘩した時以来、久し振りに聞いたゆららの鋭い口調。電話越しに責められただけで返す言葉が見つからなくなってしまうのに、これを目の前でやられたらどうなるか。 今なら間に合う、エイプリルフールの冗談だと説明すれば分かってもらえるはずだ。こんなことでまた喧嘩して別れる羽目になるのは避けたい。 「あのね、落ち着いて聞いて。さっきの結婚の話は」 『真雪さん、結婚するんですって? おめでとう』 突然、ゆららのものではない声が聞こえた。いつからそこにいたのか、この声はゆららの従姉、加藤奈子だ。よりによってこんな時にタイミングが悪すぎる。 知り合いの中でも特に強力な曲者である奈子が登場して、良い結果になるわけがない。 『どんな人かは知らないけど、ゆららを捨ててまで一緒になりたいくらいだから素敵な人なんでしょうね。そうでなきゃ、ゆららが可哀想だもの。今泣いてるところ、見せてあげたいくらい。全部あなたのせいだから』 いつも通りの穏やかな口調で、奈子は淡々と真雪を追い詰める。携帯電話を握る手が震え、軽い気持ちで嘘をついてしまったことを激しく後悔した。ゆららなら、すぐに見破って笑ってくれると思い込んでいたのだ。 「加藤さん、とにかくゆららに代わってもらえませんか」 『私の大切な従妹を弄んでこんなに傷付けて、その上まだ悲しませる気?』 ゆららのものと思われる泣き声がかすかに聞こえてくる。これは後戻りできないほどまずい状況になった。 「じゃあ、ゆららがそこにいるなら伝えてください、さっきのは全部嘘だって! 私が好きなのはあんただけだって!」 恥も何もかも捨てて真雪はそう叫んだ。これを奈子にまで聞かせるのは抵抗を感じたが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。電話の向こうがしばらく沈黙した後、再び物音が聞こえてきた。 『……真雪さん』 「ゆらら、結婚の話なんだけど」 『もっと引っ張るかと思って期待してたのに、意外に早く降参しちゃったんですね』 電話越しに聞こえた泣き声は何だったのかと思うほど、あっさりと言われて混乱する。 『最初から分かってましたよ、エイプリルフールのあれだって。唐突すぎるし、言い方もわざとらしかったし。だから騙された振りして、ちょうど奈子さんもいたから協力してもらったんです』 騙すつもりが、こちらが逆に騙されていたらしい。それにしても奈子まで出してくるのは卑怯だ。場が余計にややこしくなる。しかし最初に嘘をついたのは真雪なので、ゆららを責められない。 今頃ゆららの隣では奈子も笑っているだろう。次に顔を合わせるのが怖い。恥ずかしすぎる。 『好きだって、普段なかなか言ってもらえないから嬉しかったです。今度はふたりきりの時に聞かせてほしいな』 敬語が崩れる確率が、ただの知り合いだった頃よりも多くなった。もう付き合っているのだから堅苦しい言葉遣いは必要ないのだが、たまにそれが崩れた瞬間が好きでたまらない。 |