踏み込めない! 売り場で2着のワンピースを手に取りながら悩んでいると、急に背後から両肩を掴まれた。 いつ見ても顔が小さく、合わせ方の難しい派手な柄の服を上手く着こなしている。ゆららの従姉、櫻井凛だ。茶髪のショートカットに、中心がくり抜かれている歪んだハート型のピアス。 身に着ける小物のデザインは個性的なものばかりで、しかもそれらが全て似合っているのだから恐れ入る。 「ゆーららちゃん! まだ悩んでるの?」 「どっちにしようか迷ってるんですよ、値段は両方同じだけど、系統が違うので」 ピンクがメインの可愛いチェック柄と、大人っぽい無地の黒。バイト代が入ったので懐に余裕はあるが、後先考えずに一気に使うわけにはいかない。 そもそもバイトを始めたのも、真雪と旅行に行くための費用を稼ぐためなのだから。目標の額が貯まっても、ゆららには小学生と中学生の弟がいるので、なるべく親に負担をかけないように自分で 使う小遣い分くらいは稼いでいくつもりだ。 「両方買っちゃえばいいのに。今度来たら売り切れてるかもしれないし」 「そんなに贅沢できません」 「若いうちは思い切って色々挑戦しなきゃ! お金が足りないなら私が買ってあげ」 「……姉さん!」 凛の言葉を遮るような声が聞こえてきて、視線をずらすとそこには同じく従姉の奈子が立っていた。自分の買い物を終えたらしく、片手には店のロゴが入った紙袋を下げている。 ゆららの肩にしがみついて悪魔の囁きで惑わせてくる凛に、奈子は厳しい表情を向けて更に続けた。 「高校生のゆららに、姉さんの金銭感覚を押し付けないで」 「気になったものは全部買ったほうが、気持ち良くない?」 「だからそれは姉さんの考え方でしょう? 迷っているなら今回は買わなければいいの」 ワンピースを手にしたまま従姉達に挟まれて、ゆららはかなり気まずかった。ふたりは姉妹で、それぞれ美形でスタイルが良いため並んでいると目立つ。しかし性格は正反対 なので、こうして意見が対立するのは昔からだ。そのたびに巻き込まれては大変な目に遭っている。 小学校教師というお堅い職業の奈子に対し、凛は雑誌の読者モデル時代に得た人脈や元からのセンスを生かして、付け睫毛やマスカラなどのプロデュースを行っている。 結婚して人妻になった今でも、同性のファンが多い。 芸能人ではないが、世間の知名度は小説家の真雪にも負けていないのだ。 「わ、私こっちにします!」 激しくなる姉妹の争いを収めるため、ゆららは先に手に取ったチェック柄のワンピースを選んでレジに走った。 「ゆららちゃんって最近、変わったよね」 買い物の後、皆で寄った喫茶店で飲み物を待っている間に凛がそう言った。向かい側から送られてくる、いかにも興味深々という凛の視線。嫌な予感がしてきた。 「だって前は、自分から服を選びに行きたいなんて言わなかったでしょ」 「ま……まあ、私だって高校生ですし、おしゃれに目覚めてもいい頃じゃないですか」 「急にバイトもし始めて、何か目的でもあるのかな?」 「それは今日みたいに、自分で稼いだお金で色々と買うためですよ」 「女の子って恋をすると変わるよねー、いい方向にさあ」 そう言われた途端に動揺してしまったゆららを、凛は楽しそうに眺めている。まさかここで恋の話になるとは思わなかった。今までの話題はこの展開に持って行くためだったのか。 恋をしているどころか、その相手である真雪とは深い関係になってしまった。しかしその事実は誰にも打ち明けるわけにはいかない。幼い頃から構ってくれていた、凛と奈子にも。 凛の隣に座っている奈子は、無言で成り行きを見守っている。 「優しくてしっかり者のゆららちゃんなら、上手く行くって!」 もはや見抜かれているらしく、すっかり凛のペースで話が進んでいる。 店員が持ってきた飲み物を、奈子が手際良く凛やゆららの前に置いていく。相変わらず無言なのが気になった。 「ゆららと真雪さんは、合っていると思う」 凛が仕事関係の用事で先に帰宅した後、隣を歩いていた奈子が立ち止まって告げた言葉にゆららは目を見開いた。 「……もしかして、知ってたの?」 「知らないと思ってた?」 ごまかすことはできない状況に気付いたゆららが戸惑っていると、奈子は深く息をついた。 笑っていても怒っていても、横顔すら本当に美しいと思った。昔からずっと揺るがない、憧れの存在。 「私は、ゆららが幸せでいてくれるなら相手が男でも女でも構わないの。反対はしない」 「奈子さん……」 「ずっと黙ってたけど私も、高校の頃に好きになった相手が女の子だったから。絵が上手くてね、一緒にいると心地良かった。最初はただの友達だと思っていたのに」 「その人は、今はどうしているの」 奈子にとって、大切な存在だと伝わってくる相手のことを知りたくて尋ねてみた。しかし奈子が辛そうに目を伏せたのを見て、それ以上は踏み込めなかった。 何があったのかは分からないが、興味本位で傷を抉るようなことはできない。 喫茶店での凛とゆららの会話を聞きながら口を閉ざしていた奈子は、その友達を思い出していたのかもしれない。 完璧だと思っていた奈子の脆い部分を、今ここで初めて見てしまった。 |