職業、アイドル 紺野みなつは、胸の内で頭を抱えていた。 みなつがリーダーを務める3人組のアイドルユニットは今年で結成4年目を迎え、初期の全く売れなかった時代を乗り越えた今では、テレビの歌番組やバラエティー番組にもよく出る ようになった。まさに順調、波に乗っている状態だ。 そんな中、悩んでいるのはユニットのうちのひとり、中西綾瀬のことだった。綾瀬はユニットの顔とも言うべき存在で、3人の中では特に人気がある。 なので雑誌のグラビアなどのソロ活動の機会が増え、多忙のため最近では睡眠すらまともに取れていないらしい。みなつはそんな綾瀬を、ユニットの仲間として、リーダーとして支えてきた。 綾瀬より人気者になろうとは思っていない。もうひとりのメンバーである本田瞳も、同じ考えのようだ。 しかし綾瀬は極度の人見知りで、自分の気持ちを言葉にすることが苦手だった。インタビューを受けていても上手く答えられなかったり何分も沈黙したり、そういう時はみなつや瞳がフォローを入れるのだが、綾瀬単独のものだとそれができない。 更に精神が不安定になるとすぐに顔に出るので、周囲からはわがままで愛想が悪いという誤解をよく受けてしまう。 それでも綾瀬が多くのファンの心を掴んでいるのは、そういう不器用で危なっかしい部分も独特の魅力として捉えている者が多いからだ。 歌もダンスもトークも器用にこなし、番組のスタッフなど業界受けの良い瞳とは真逆の存在だ。 ソロでの仕事の後、綾瀬からは『やっぱり、みなつがいないと駄目』、『あそこには私の居場所がない、寂しい』というメールが頻繁に送られてくる。頼ってくれるのは嬉しいが、綾瀬ひとりでの 仕事はこの先もっと増えていくだろう。いつまでも寂しがって甘えてばかりでは成長しないのでは、という考えが頭をよぎるようになっていた。 実はみなつ個人にも、大きな仕事が舞い込んできた。同年代の恋愛小説家、河合真雪の作品がドラマ化されるらしく、みなつは女優としてヒロインを演じることになった。 まともな演技経験のない自分が何故、と疑問を抱いていたが、他ふたりに比べてソロ仕事が少なく撮影で長時間拘束しやすいという理由で選ばれたのだと、何となく分かった。 しかし経緯はどうであれ、仕事は仕事だ。全力でやるしかない。 ドラマの撮影が始まれば今までのように直接会って、話を聞いてあげることも難しくなるだろう。悪い言い方をすればみなつに依存気味な綾瀬は、これからひとりでも上手くやっていけるのか。 あえて突き放す勇気。今までは考えもしなかった言葉が胸に生まれて動揺した。 日付が変わる頃、仕事を終えたみなつはコンビニに寄った。レジ近くの棚にあるカツ丼を手に取ったと同時に、背後が騒がしくなる。 「なんでこんな時間にわざわざ……別に、明日だって」 「こんな時間でもここは開いてるんだから、いいでしょ。あ、ついでにお酒も買っていこうかな」 「まゆきさん、酔うとめんどくさいから嫌だなあ。その前にさっさと帰りますけど」 「ちょっと、今日は泊まっていくんじゃないの? ねえ!?」 言い争っていても、仲の良さは充分に伝わってくる。ちらりと聞こえてきた名前で例の恋愛小説家が頭に浮かんだが、まさかと思い苦笑した。 店員からは見えない、しかしみなつには見えている角度でふたりは手を繋いでいた。深夜とはいえ女同士で大胆すぎる。そんな様子を眺めていると、懐かしい記憶がよみがえった。 デビューしたばかりの頃、小さなイベント会場でのライブ中に飛んできた、綾瀬に対する心ない罵倒。客の前では平然と振る舞っていたが、誰もいない楽屋で泣いている綾瀬を見過ごせず慌てて駆け寄った。 やはり綾瀬を見捨てることはできない。甘やかしていると思われても構わない、もはや綾瀬は、自分にとっての半身でもあるのだから。 |