甘えたくない! 約束している待ち合わせの時間まで余裕があるからと、買う気もないのに立ち寄った先で激しく後悔した。 デパートの中に先週オープンしたばかりのアクセサリーショップで、運命の出会いを果たしてしまった。華奢なチェーンに、小さなハート型の飾りが3つ並んで付いたブレスレット。 これだけではシンプルすぎるので、手持ちの時計などと合わせれば良い感じになるだろう。そんな想像をしたところで、現実は厳しかった。 このブレスレットのデザインは可愛いが、3000円という値段は可愛くない。あらかじめ買う準備をしていたのならともかく、これから食事をしたり交通機関を使って更に他の場所へ行くかもしれない。それを考えると、この金額を出すのは無謀すぎる。 まだ高校生の自分にとってはそれほどの大金なのだ。今日はこちらから誘ったのに、最初から財布の中身が寂しい状態になっているのはおかしい。あんたバカじゃないの、と罵る待ち合わせ相手の姿がやけにリアルに浮かんでくる。 森下ゆらら16歳、明日からでもアルバイトがしたいです! 「あんた、どこに向かって祈ってんの? もしかして変な宗教?」 背後から声をかけられた途端に我に返った。例のブレスレットを握り締めたまま視線を動かすと、今日の待ち合わせ相手がそこにいた。 河合真雪。4つ年上で、職業は小説家。恋愛ものを得意としていて、主に高校生や大学生の女子を中心にファンが多い。 決して高くはない身長を踵のあるショートブーツで、何もしていないと中学生に間違われる童顔を濃い化粧でごまかし……いや、カバーしている。本人はかなり気にしているらしいので、指摘すると死ぬほど怒られる。実際、怒られた。 真雪は海外ブランドの大きなロゴマークが入ったハンドバッグをかけた腕を組みながら、こちらを威圧するかのような調子で見ている。分かりやすく言えば、仁王立ちだ。 「へ……変な宗教なんてはまってませんから!」 「そんなことより、さっきから何か握ってない?」 「いや、ちょっと見てただけですよ。もういいから行きましょう」 元の位置に戻そうとしたブレスレットを、待っていたとばかりに真雪に奪われた。恐ろしい手の速さだ。 「あんなに力強く握り締めちゃって、これ欲しいの?」 「欲しい、ですけど。またの機会にします」 「買ってあげようか」 あっさりと告げられて驚いた。真雪は自身の才能で金を稼いでいる大人だが、何でもかんでも甘える気はない。それはただの友達だった頃から何も変わっていなかった。まだ子供でも、それなりにプライドはあるのだ。 真雪から突きつけられているブレスレットが店内の照明を受けて、ゆららを誘うように小さな光を放つ。こうして見れば見るほど欲しくなる。しかしここで誘惑に負ければ終わりだ。 「欲しい物は自分で何とかしますから、ほっといてください!」 強い口調でそう言うと、周囲の店員や客が一斉にこちらを注目する。正面の真雪はブレスレットを持つ手をゆっくりと下げ、無言になった。 空気が気まずく凍りついた気がして、もっと言い方を考えれば良かったと思ったがもう遅い。 どこへ向かっているのか聞けないまま、ゆららは真雪の後を1歩遅れてついていく。あれから一言も会話をしていなかった。こちらと目を合わせない真雪が今、何を考えているのか全く分からない。 彼女の名前にちなんだ銀色の雪の結晶モチーフのピアスは、よく似合っていて綺麗だった。動くたびに結晶が揺れて、耳元で輝くのだ。 「……勘違いしてるんだろうけど、別に私は優越感を味わいたいとか、そういうつもりで言ったんじゃないの」 「まゆきさん?」 「このピアスのお返しができる機会をずっと待ってた。だって欲しい物、なかなか言ってくれないし」 ようやく向き合ってくれた真雪が、拗ねた表情で告げてきた。確かにそのピアスは、ゆららが真雪のために選んでプレゼントした。ブランド物に慣れた真雪から見れば明らかに安物だが、ずっと身に着けてくれている。 ゆららと会う時だけ気を遣って着けていると思っていたが、何の約束もなく偶然会った日も同じピアスをしていた。本当に気に入ってくれたのだと自惚れても許されるだろうか。 「たまには年上らしいことさせてよ、貰いっぱなしってフェアじゃないから」 微笑んだ真雪が、ゆららの返事を待たずに手首を引っ張ってどこかへと連れて行く。拒む暇すら与えられない。 ゆららより細くて色白の腕を眺めながら、有無を言わさぬ強引さに身を委ねた。 少し休んで帰るだけのつもりが、結局上手くいかなかった。 街を歩いて食事をした後で寄った真雪の家でふたりきりになり、部屋の中で抱き合う。小柄な真雪の身体は、ゆららの腕の中にちょうど良く包まれた。 あれからあのアクセサリーショップに戻り、真雪はゆららが欲しがっていたブレスレットをプレゼントしてくれた。ピアスのお返し、という意味なら何の抵抗もなく受け取れる。 これを手首に通していると、離れていても真雪の気持ちを感じられる。しかしできれば本人と、ずっとこうしてそばにいたい。 薄い服越しに背中を撫でると、ブレスレットについている小さなハートが揺れた。 |