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見つからない！ 『このピアス、いかにも真雪さん！ って感じだったので買ってきました！』 『いかにも、ねえ……』 『あまり高くないものですし、気に入ってもらえるか分からないけど……もし良かったら着けてください』 ゆららから貰った小さな箱の中には、雪の結晶をモチーフにした銀色のピアスが入っていた。 その日から真雪は今まで着けていた、６万円で買った海外ブランドのピアスを封印した。 短い鎖の先に付いた雪の結晶が、耳元で揺れるたびに気分が上がる。この先これ以上、自分に馴染むピアスは見つからない気がした。 「今日の星座ランキング、１２位は……ごめんなさーい！ さそり座さんです！ うっかりミスで大変なことになりそう。乙女座の人があなたのピンチを救ってくれるかも しれません！ それでは続いて今日のお天気……」 テレビの占いで不吉なことを宣告された真雪は、苛立ちながらチャンネルを変えた。 毎回あの『ごめんなさーい！』を聞くたびに、その後で告げられるのが自分の 星座じゃなくてもうんざりするのは何故だろう。あんなに陽気な口調で謝られても困る。 チャンネルを変えると昔のドラマが放送されていた。特にそれを観たいわけではないので、音声だけを聞きつつ化粧を始める。今日は買い物に行く予定があるのだ。 鏡に映っている、よく中学生に間違われるほど幼い自分の素顔を眺めながら、手のひらに伸ばした化粧下地を頬に乗せる。 そういえば、ゆららは何座だったかと考える。もし乙女座だったら今日の救世主だ。そんなふうに真雪は、かなり厳しい１２分の１の確率に密かに期待した。 目当てだった服と化粧品、そしてCDを数枚買って店を出た。 この不況だからこそ金を使って経済を回していく……というのはもちろん建前で、買いたい物は買いたい時に買う主義なだけだ。我慢をしていてもストレスが溜まる。 欲しいものを手に入れてすっかり良い気分になり、朝のテレビで観た不吉な占いの件は完全に忘れ去っていた。しばらく歩いた後、鏡で自分の顔をチェックするまでは。 片方の耳から、ピアスが消えていた。知らないうちにどこかで落としたのだと考えた瞬間、全身から血の気が引いていった。目の前の信号が青になったのも構わずに、 歩いてきた道を引き返す。 有り得ない。あのピアスをまさかどこかに落とすなんて。ゆららが選んでくれた初めてのプレゼントなのに、あれ以外は着けないと決めていたのに。 そう思いながら視線を地面に落としたまま歩き続ける。しかしこれだけ周りに人が多いので、もしかすると踏まれて壊れてしまっているかもしれない。 久し振りの買い物で浮かれていたせいで、こんなことになった。やはりあの占いは当たっていたのだ。しかし自分を救ってくれるという乙女座の救世主が現れる気配はない。 目頭が熱くなり、人前なのにみっともなく泣いてしまいそうになる。 前をよく見ていなかったため、正面からこちらに歩いてきた誰かにぶつかった。すみません、と謝りながら顔を上げた真雪は驚いて目を見開く。 髪が長く、背の高い女。こんな時には特に会いたくない、加藤奈子だった。今日はいつものスーツではなく、紫色の膝丈ワンピースに黒いストールを合わせた私服だ。 「どうしたの真雪さん、疲れた顔して」 「……何でもありません、失礼します」 「探し物、してるんじゃない？」 先を急ごうとしていた真雪は、それを聞いて足を止めた。まさかピアスのことを知っているのだろうか。いや、まさか。普通に歩いていて簡単に見つけられるものではない。 しかし今の目的を言い当てられて、動揺していた。このまま無視して行っていいものか。 わずかな希望にでも縋りたいところだった。相手が、誰でも。 「ピアスを片方、どこかで落としてしまって」 「ああ、だからあんなに必死になって……」 身も心も崩れてしまいそうなこちらとは逆に、余裕たっぷりに笑みを浮かべる奈子に苛立つ。やはりこの女は大嫌いだ。合わない。 そう思った真雪に、奈子が手のひらを差し出してきた。その真ん中には銀色に光る雪の結晶があった。見間違えるわけがない、泣きそうになりながらずっと探していた、あの ピアスだった。思わずその手に縋ってしまいたい気分になった。 「これ、どこにあったんですか」 「さっき寄ったCDショップの、試聴コーナーに落ちてたの。レジの前であなたを見かけたからもしかして、と思って」 「……そんなところに」 「早く受け取って、私だって暇じゃないんだから」 我に返ると、真雪は奈子の手からピアスを受け取った。さっきまで堪えていた涙があふれてきそうで、目頭を押さえる。踏まれていたり、ずっと見つからなかった り、悲惨なことにならなくて本当に良かった。両手で包み、握り締めた。 「そのピアスって、そんなに特別なものなの？」 「大切な人から貰った、宝物です」 しっかりと奈子と視線を合わせて、力強く答える。奈子は冷めた目で真雪を見た後、何も言わずに背を向けて去って行った。結局、お礼を言い忘れてしまった。 翌日、放課後に真雪の家に遊びにきたゆららに手作りのチーズケーキを出すと、どうやらこれがお気に入りらしく表情が明るくなった。 「ここに来る前に本屋寄ってきたんですけど、真雪さんの新刊すごい売れてましたよ」 「で？ そんなに売れてるのに、どっかの誰かさんはどうせ読まないんでしょ」 「前にも言いましたけど読まないんじゃなくて、読めないんですよ。活字って何か苦手で」 「そういえば、あんたって何座？」 「話すごい飛びましたね……私は、天秤座ですよ」 まだあの占いを気にしている自分もどうかと思うが、期待が外れて力が抜けてしまった。 奈子は昨日の件を、ゆららに話しただろうか。見つかったから良かったものの、１度失くしたことを知られたら気まずい。この様子だと知らなそうだが。 「星座と言えば、私と奈子さんって誕生日が１日違いなんですよ！ 奈子さんはね、９月２３日生まれの乙女座です！」 「……乙女座」 ゆららのことばかりで、奈子の星座は全く考えていなかった。昨日、探していたピアスを差し出してきた姿が頭によみがってくる。 次に会ったら、改めてお礼を言わなくては。少なくともあの時だけは、真雪の救世主だったのだから。これからは愛想良く振る舞うべきだろうか、しかし目が合った途端に 結局は嫌な顔をしてしまう気がする。 どうすればいいのか、答えが見つからない。 |