流されたくない! 風呂場から出ると、台所から聞こえてくる物音に気付いてそこへ向かう。 「……ちょっと、あんた」 「あっ真雪さん、勝手なことしてすみません」 泡のついたスポンジを片手に、先ほどまで使っていた食器を洗っているゆららがこちらを振り返って微笑む。部屋は暖房が入っているものの、バスタオルを身体に巻いただけ の姿では落ち着かない。しかも髪はまだ濡れたままだ。 放課後にこの家を訪ねてきたゆららと一緒に夕食を済ませた後、真雪は化粧を落としたついでにシャワーを浴びた。ゆららが来る直前まで外出していたので、付け睫毛すら 外していない状態だった。基本的に人前で素顔は晒したくないのだ。知り合いが家に来る時は、外に出る予定がなくても簡単に化粧をする。 「夕飯ごちそうになったし、今夜は泊めてもらう立場としては何かお礼しないとなって」 「別にそこまで気を遣わなくていいのに」 最後に残った皿を洗い終えたゆららの後ろ姿を眺めていると、くしゃみが出て我に返る。さすがにそろそろ服を着ないと風邪を引いてしまう。 洗面所の鏡には、この歳でも中学生に見られるほど童顔な自分が映っていた。20歳になったばかりの頃、ファンデーションを切らしたため素顔で行ってしまった近所のスーパーで、 新製品の缶チューハイの試飲を店員に断られたのが今でも腹立たしい。 すぐにでも寝られる服を着て、ドライヤーで髪を乾かした後でリビングに戻る。そしてソファでテレビを観ていたゆららの隣に腰掛けた。素顔を見せられる、数少ない相手だ。 「真雪さんが化粧落とした顔、久し振りに見ました」 「いつもは濃すぎるだの睫毛が重そうだの、あんたに散々言われてるけどね」 「昔の話ですよ、それは」 確かに最近は言われていないが、以前のゆららは挨拶代わりのように口に出していたのを覚えている。気にしている素顔や身長には触れてこないので、軽く受け流していたが。 美形の従姉達に小さい頃から囲まれ、甘え上手な雰囲気の可愛い親友と一緒にいるゆららは多分、目が肥えていると思う。 「飾らない、ありのままの真雪さんが1番……って言いたいところですけど」 ゆららは腰を浮かし、テーブルに置いてある飲みかけの缶ジュースを手に取るとこちらに視線を向ける。 「私は真雪さんの、自分を美しく見せるために手を抜かないところにも惹かれるんですよね。露出の多い服なんて、肌がきれいで細くないと着られないし」 「な、何なの急に……そんなこと」 「だって、本当にそう思ってますから」 濃い化粧も踵の高い靴も、実はコンプレックスを隠すための手段だ。更に肌を出せる服は、着ているだけで気が引き締まる。わざわざ口には出さないが、ゆららの考えと真実は 少しのずれがあった。しかし結局、どちらでも行き着いたところは変わらない。 「私もシャワー使ってもいいですか?」 「えっ、あ……うん」 「じゃあ行ってきまーす!」 缶ジュースを飲み干したゆららが立ち上がり、後頭部でひとつに束ねた長い髪を解く。 そして身を屈めたゆららのキスは突然すぎて、唇が軽く触れ合っただけなのに驚いて言葉を失ってしまった。一線を越えてから吹っ切れたのか、積極的に真雪を求めてきている。 ずっと密かに思い描き、望んでいたことなので嬉しい。それでも自分は年上なのだから、ゆららをリードして優位に立っていたいという想いもあった。 |