納得できない! ノートの端に描いてみた絵を眺めながら私は、ため息をついた。 描き慣れているわけじゃないから、結構難しい。そもそも絵はあまり得意でもなかった。美術の成績も、決して自慢できるようなものとは言えない。 「あんた何やってるの? 真剣な顔して」 トイレから戻ってきた真雪さんが、私のノートを覗き込んできた。そしてトイレに行く前に頼んでいたケーキセットがまだ来ていないことに気付いて、不機嫌そうな表情になる。この人は気持ちがすぐに表に出るので分かりやすい。 放課後に真雪さんと待ち合わせて来たこの喫茶店は、開店したばかりの新しい店だ。真雪さんが仕事の打ち合わせに使った時にここのケーキが美味しかったと聞いたので、真雪さんを誘った。 前に来てからまだそれほど経っていないらしく申し訳ないと思ったけど、真雪さんと行ってみたかったのだ。 「私のクラスにすごく絵の上手い子が居まして、動物から人間まで何でも描けちゃうからいいなーって思って。私もちょっと描いてみたんです」 「ふーん、私にも見せてよ」 「一応、猫を描いてみたんですけど」 私はそう言って、真雪さんに絵を描いたノートを手渡した。すると真雪さんは何度か瞬きをして、眉をひそめた。 「これって猫っていうか、もうまさにアレでしょ。サンリオのキティちゃ……」 「わ、分かってますよ! もしかしたらそういう突っ込み入るかなって思ってましたから!」 絵を見るなり厳しい指摘をする真雪さんに、私は弱気になって訴える。 「仕方ないから、私がお手本を描いてあげる」 何が仕方ないのか謎のまま、真雪さんは私のペンを使って同じページに絵を描き始めた。 そういえば真雪さんの絵って見たことがなかった。淡い期待をしながら完成を待つ。 「やっぱり猫といえば、これでしょ!」 自信満々に言いながら真雪さんは、私に開いたままのノートを戻してきた。わくわくしながらそれを手に取った途端、私は凍りついた。 「ちょっと、ゆらら。何その微妙なものを見るような目つきは」 「真雪さん……この胴体っぽいものの下についている、4つ並んだ団子みたいなものは何ですか」 「それは足でしょ、どう見ても」 「じゃあ、お尻のほうに刺さっている鎌のような鋭い物体は……」 「それは尻尾」 期待していた自分が間違っていたと思い、ため息をついて私はノートを閉じる。 「え、何? どう見ても違和感のない完璧な猫じゃないの。文句でもあるの?」 「ありまくりですよ違和感も文句も! 真雪さんって小説家なのに想像力も観察力もないんですか、猫がこんな団子みたいな足をしているわけないでしょ!」 「あんたずいぶん失礼なこと言ってくれるじゃないの! こうなったらどっちが上手いか、はっきりさせなきゃね!」 真雪さんは私の手から強引にノートを奪い取ると、ちょうど横を歩いてきた小さな男の子に声をかけた。 「ねえそこの僕ぅ、どっちの猫の絵のほうが上手い?」 「真雪さん、自分の絵を指差しながら視線で脅すのはやめてください」 開いたノートを男の子に見せている真雪さんに、私は冷静に突っ込んだ。すると男の子は真雪さんの視線に怯えながら、私の描いた猫を指差して逃げて行った。 数秒後、こちらに向き直った真雪さんは恐ろしいほど真剣な顔をしていた。 「私は小説を書きながら2年間、生計を立ててきたの」 「はい、それは知ってますが」 「つまり私は、絵なんか描けなくたってこれからの人生には何の影響もないってこと」 平然と開き直った真雪さんに呆れて、私は何も言わずに自分のジュースに口を付けた。 |