嫉妬じゃない! 部屋に戻ると、ハンガーにかけて壁につるしていたはずの私の制服が消えていた。更に真雪さんの姿まで見えない。 とてつもなく嫌な予感がする。1階から運んできた、紅茶とお菓子を乗せたトレイを机に置いた途端に背後から何かが動く気配がした。無視できなかったので振り返ると、 そこには私の制服を着た真雪さんが立っていた。しかも平然と腕を組んで、得意気な顔で仁王立ちをしている。 この家に来た時の真雪さんの格好は確か、白いカーディガンにキャミソール、そしてデニムのショートパンツだった気がする。 「……すみません、とりあえず説明してもらえますか?」 「あんたの制服、着てみたかったから借りただけ」 「はい、警察呼んできますね」 「はあ!? 別に盗んだわけじゃないんだから、犯罪者扱いは勘弁してよね!」 警察の件は冗談だけど、私の制服を着た真雪さんを改めて確認してみる。私よりも10センチほど身長の低い小柄な真雪さんが着ると、ブレザーの袖が余って手が半分 以上も隠れている。スカートも膝が見え隠れしている長さになっていて、もう少し短めで穿いている私とは印象が違って見えた。 「私だって高校出てから2年しか経ってないんだから、まだまだイケるでしょっ」 「イケてる、のかなあ……」 上手いコメントが思いつかず苦笑いするしかない私に、真雪さんは何かひらめいたようで両手を打つと、目を輝かせて迫ってきた。 「ねえ、これ着て外に出てみたいんだけど」 「えっ、本気ですか!?」 「冗談で言うわけないじゃない、せっかく着たんだし」 もはや人の制服を無断で着たことに対する罪悪感なんか、次元の彼方に飛ばしているようだ。女子高生のコスプレをした経験を、今書いている小説にでも生かすつもりだろうか。 たまに忘れがちになるけど、真雪さんは有名な小説家だ。短大の頃にプロデビューして以来、純愛ものから不倫ものまで、幅広い恋愛の形を書き続けて多くの女性ファンを虜にしている。 私は真雪さんの小説を1冊どころか、1ページも読んでいない。 文字を頭の中で映像として浮かべることができないのは、想像力が足りないのかもしれない。漫画やドラマ、映画なら頭で何かを変換する作業がいらないので、そのまま 素直に楽しめる。でもひたすら文字ばかりの世界だと苦しい。作りが単純な私の脳は、どうしても分かりやすいものを求めてしまう。 真雪さんの機嫌を取るために無理をして読んでも、たぶん内容は頭に入ってこない。申し訳ないという気持ちはあるけれど、こればかりはどうしようもないことだ。 本屋に行った時、新刊コーナーで平積みされている真雪さんの小説を手に取って適当なページを開いてみたけど、縦書きでびっしりと詰まった文字の羅列に頭がくらくらしてしまった。 女性を中心に人気の小説家と、どこにでも居るような女子高生。普通に生活していればおそらく接点なんて何もなかった、そのくらい立場が違いすぎる組み合わせのはずだった。 深く関わってしまっている今では、運命だったようなそうでないような、複雑な感じがしている。 肩の少し上まで伸びた明るい色の茶髪、隙のない濃い化粧で彩られた整った顔立ち。 外見は美しいのに、わがままで気性の激しい厄介者。それでも何だか憎めない。 これだけ散々振り回されているのに。 女子高生気分でテンションの上がっている真雪さんを連れて町を歩いていると、知っている人の姿を見かけて私は小さく「あっ」と声を上げた。すると向こうも私に気付いたようで こちらに向かって歩いてきた。 渋い色のパンツスーツが似合っている、長身の女性。背中辺りまで伸びた美しい黒髪が、風に揺れている。 「奈子さん! もう仕事終わったの?」 「今日は学校が休みだから、お給料も入ったし買い物にね」 そう言って微笑む奈子さんをどきどきしながら見つめていると、横に居る真雪さんに肘で何度か突かれた。夢から醒めたように我に返る。 「……誰?」 「加藤奈子さん。私の従姉で、小学校の先生なんです!」 真雪さんの囁きに、私は口元を緩めながら答える。こちらを見る真雪さんの目つきが鋭くなったように見えたけど、気のせいかもしれない。時々よく分からない部分があるからだ。 従姉の奈子さんは私より7つ年上の23歳で、小さい頃からずっと憧れている女神のような存在だった。頭が良くて美人で落ち着いていて、いつか私もこんなふうになりたいと今でも思っている。 「ゆららは、今日はお友達と一緒なの?」 「お友達っていうか、まあ、そんなところかな……えっと、名前は」 「河合真雪です」 私が紹介する前に、真雪さんは自分から名乗った。普段よりも低めの声で、そして口を閉ざすと何かを探るような視線で奈子さんをじっと見つめる。明らかに奈子さんは戸惑っていた。 気まずすぎる空気を何とかしなくては。しかも今、それができるのは多分私だけだ。 「ごめんね奈子さん、今度ゆっくりお話しようね!」 まるで毛を逆立てて相手を威嚇する猫状態になっている真雪さんの腕を掴み、私は無理矢理引っ張ってその場から離れた。 奈子さんからは見えない場所まで来ると、真雪さんは私の手を振り払って舌打ちする。 「全く……エロ親父みたいにデレデレデレデレ鼻の下伸ばして、気持ち悪い!」 「だって仕方ないですよ、奈子さんだし」 「何それ、全然答えになってないんだけど!」 自分でもちょっとどうかと思う曖昧な私の答えに、真雪さんはますます機嫌を損ねたらしい。 「もしかして妬いてるんですか?」 「え、ちょっ、何で私が嫉妬しなきゃいけないわけ!?」 「奈子さんをすっごい怖い目で見てたし」 「初対面から舐められるわけにはいかないでしょ」 血気盛んなヤンキーみたいな理屈で乗り切ろうとしてるけど、2年前で終わっているはずの女子高生になりきった格好では説得力がない。 「私、そろそろ帰る。締め切り近いし」 「じゃあ制服返してくださいよ」 「今からあんたの家戻るの、面倒くさい……」 無責任なことを言いながらさっさと先を歩く真雪さんにうんざりしながら、私は制服を取り返すためにその後を追った。 |