抵抗できない! 夢中になって見ている間に、テーブルに置いたアイスティーの氷が完全に溶けていた。 「本当にこんなに貰ってもいいんですか?」 「いいのいいの! すごい助かる!」 手渡された紙袋の中の服を広げた後で丁寧に畳む真雪に、凛が陽気に笑って答えた。 ゆららの従姉、櫻井凛から電話がかかってきたのは昨夜のことだった。少し前に買ったものの、あまり着ていない服を真雪に譲りたいと言われた。 凛とは10センチ以上の身長差はあるが、着る服の系統が似ている。ショートパンツや背中が大きく開いたトップスなど、季節問わずに露出の高い服。 真雪に連絡する前に奈子やゆららにも声をかけたが、そんな服は着ないと断られたようだ。 既婚者の凛とは、ゆららに比べると顔を合わせる機会は少ない。しかし前から真雪の小説を愛読していて、デビュー作から既刊は全て持っていると聞いて舞い上がってしまった。 凛も、ドラマ化された小説は原作のほうが面白いと言ってくれた。感動しないわけがない。 こうして向かい合ってよく見ると、凛の顔立ちは妹の奈子よりも、従妹のゆららに似ている。 25歳という年齢の割には可愛らしい雰囲気だ。髪は明るい茶色のショートカット、細すぎない抜群のスタイル。学生時代は雑誌の読者モデルをしていたらしい。 小説だけではなく、凛はブランド物や化粧品にも詳しいので共通の話題は多い。今度、機会があれば一緒に買い物に行きたいと思った。 「最近、ゆららちゃんとすごい仲いいでしょ」 ストローでアイスティーをかき混ぜながら、凛が唐突に問いかけてきた。すごい、とはどの程度を想像しているのだろう。唇を重ね、肌に触れたことまで知られていたら恥ずかしい。 ゆららは2人だけの秘密だと言っていたので、後は真雪が黙っていれば済む話だ。 「そうですね、一緒にカラオケ行ったりご飯食べたり」 「キスしたり?」 「えっ」 「ふーん……」 動揺した真雪を見て、凛はにやりと笑った。まずい、これはまずすぎる。軌道修正しなければ、いずれはゆららにも飛び火してしまう。 「えっと、その」 「大丈夫、怒らないから。なんとなーくだけど、そんな気がしてたんだよね。前より距離が近くなったっていうか、こーんなふうに手なんか繋いじゃって」 向かいから凛が手を伸ばしてきて、真雪の手の甲に触れる。凛には初対面で肩を抱かれたり、はっきりと好みのタイプだと言われたことを思い出した。既婚者だという自覚が あるのかないのか、いまいち分からない。 顔を寄せられて視線が合い、凛はゆららに似ていると改めて感じる。性格ではなく、顔が。 凛には特別な感情は抱いていないが、どこか危険だ。以前はともかく、ゆららとの仲が深くなった今では、この顔が悲しげに染まったらと思うと振り払えない。 奈子といい凛といい自分は情けない話、ゆららの血縁には調子を狂わされっぱなしだ。 「どうしよっかな、いい感じだしキスしちゃおっかなー」 「な、何言ってるんですか!?」 「冗談だって。これでも応援してるんだからね」 隙をつかれて、凛の唇が頬に触れる。ほぼ一瞬の出来事とはいえ、これは不倫になるのだろうかと混乱した頭で考えた。 「その服って凛さんが着てたやつですね」 「そう。いいでしょ」 「っていうか、やっぱり大胆。背中開きすぎだし」 数日後の日曜、凛から貰った服を着て駅前に行くと、待ち合わせていたゆららに早速突っ込まれた。私服のゆららは細かい水玉柄のワンピースにカーディガンという、 可愛らしい服を着ている。口には出さないが、よく似合っていた。 こうして見るとやはり、凛とゆららは服装の系統が違うのだと実感した。もちろん真雪とも。 「やっぱりそういう服着てると、見られてるって意識して食べすぎ防止にもなりますかね」 「あんた、ダイエットしてるの?」 「バイト先でずっと見てるせいか、ついアイス食べちゃうんです」 ゆららは少し前からアイスクリーム屋のアルバイトを始めている。そこで新しい友達もできて、毎日が充実しているという。 とにかく肌を出せる格好が好きだ。隠しているよりはずっと気分が引き締まる。更に化粧が濃いこともあり、男好きだの遊んでいるだのと誤解を受けがちだが。 しかしゆららには、露出の高い服は着てほしくないと思う。無意識に勝手な理想を押し付けているだけだと分かっていても。 |