気持ちが分からない! 『この時の人物の気持ちを20字以内で答えよ』という問題が出てきた途端に、ゆららの手が完全に止まった。 しかもテーブルに両肘をついて、頭を抱えたまま動かなくなる。身も心も活動停止状態になったその姿を向かい側から見ていた真雪は深いため息をつく。 「これって、ある意味サービス問題でしょ」 「えっ、どこがですか! すっごく難しいですよ!」 「載ってる文章をさらっと読めば、頭に浮かぶから。後は感情移入ってやつ」 「架空の人物の気持ちなんか分かるわけないし……」 一旦は顔を上げたゆららだったが、すぐに真雪から目を逸らした。 学校ではもうすぐ定期試験があるらしく、苦手科目である現代文をどうにかしたいと泣きつかれた。仕事も一段落したので付き合うことにしたのだが、ゆららは漢字の読み書き は問題ないものの、文章の要約や登場人物の気持ちをまとめるというような問題が苦手らしい。 そもそも長い文章を読むこと自体が苦痛という人間に、どうやって教えれば良いのか悩むところだ。 小学校の教師をしている奈子のほうが教え方は上手いはずだが、こうして真雪を選んでくれたということは色々と期待をしてもいいのだろうか。 「数学のほうが答えがはっきりしてるし、問題を解くのが面白いから好きです」 「はあっ、そっちのほうが難しくない? 面白いとかわけわかんない!」 「この前学校で、微分積分を習ったんですけど、それが」 「何それ、知らない」 赤点しか取ったことがなく、高校2年からは選択しなかった科目の話を聞いても意味が分からない。頭が痛くなる前に話を遮ると、ゆららは呆れた顔をしてこちらを見ている。 今何となく分かったことだが、ゆららも現代文の話を聞いている時はこんな気持ちになるのだろう。苦手なものは本能が拒否して、頭に入ってこないのだ。 しかしこのまま時間が過ぎて行っては、ゆららは何も得ることなく家に帰る羽目になる。 真雪は立ち上がると、向かいにいるゆららのそばに座った。 「どうしたんですか?」 「頭で理解できないなら、身体で学んでもらおうと思ってね」 ゆららの肩を掴んでしっかりとこちらを向かせ、耳にくちづけをする。よほど驚いたのか、ゆららは固く目を閉じて身体を小さく震わせた。可愛い、と思いながら耳たぶを 軽く吸い、首筋に息を吹きかける。 じりじりと距離を詰めて密着すると、真雪より大きな胸の膨らみを衣服越しに感じて嫉妬する。ゆららが特別に大きいわけではなく、 真雪が小さすぎるだけだ。胸のサイズを上げるためにありとあらゆる方法を試してきたが、全て効果はなかった。 「もしかして、こういうの初めて?」 「あ、当たり前じゃないですか……真雪さんは?」 「さあね」 適当に言葉を濁し、ゆららを絨毯にそっと押し倒す。頬は赤く染まり、口を薄く開いたまま真雪を見上げている。 ゆららの上半身を囲うように両手をついて覆い被さり、顔を近づけた。 「今の私、何を考えていると思う?」 「えっ……」 「架空の人物の気持ちは分からないって言ってたけど、実在する人物ならどう?」 ろくに抵抗してこないゆららに、真雪は少し暴走しかけていた。現代文の試験対策にしてはやりたい放題で、これが勉強になるとは思っていない。何とかしなければ、と考えて いるうちにこうなってしまったのだ。 「私のこと、からかって楽しんでるんですよ。子供だからって」 「10点満点中、3点。読み込みが足りない」 「正解は、教えてもらえないんですか」 「あんたにキスして、気持ち良くさせたい。これが正解」 とうとう言ってしまった。もうごまかせない。まだ誰とも付き合った経験がないというゆららには、かなり衝撃的すぎたかもしれない。好きだと伝える前に欲望を口に出し、 明らかに順番が狂っている。失望されてもおかしくない状況の中、ゆららの唇が再び動いた。 「私、女同士でこういうのってよく分からないんですけど……真雪さんなら、いいかもって」 「ちょっ、待っ……本気なの?」 「そっちが先に仕掛けたくせに、今更驚かないでくださいよ」 すっかり覚悟を決めたらしく、その表情は真剣だった。ゆららの手が真雪のほうに伸ばされ、ピアスに触れてくる。毎日着けている、雪の結晶の形をしたそれはゆららから貰った宝物だ。 高校生を相手に、普通ではない道へ引き込んでしまった。せめて卒業するまでは黙っておこうと思っていたが、本当は待ち切れなかったのだ。 柔らかく重ね合った唇に、言えなかった想いを込めた。 |