日曜の午後に 「矢野さんごめんね、お待たせ」 会計を終えたらしく、店のロゴが描かれた大きな手提げ袋を持った女が駆け寄ってくる。 俺はここで待っている間、通りすがりの客に何度も盗み見されては怯えた顔で逃げられるという、もはや昔からお馴染みのパターンに遭遇していた。 慣れているとはいえ、やっぱり俺はそんなに……いや、今更深刻になっても仕方がない。 うっかり外していたサングラスを、またかけたほうがいいかと迷った。それでも身長185センチ越えの、ごつい身体までは隠せないが。 それにしても女って、本当に買い物が長いんだよな。若いカップルの男のほうの中には彼女のためなら喜んで付き合うっていう、根性のある奴もいるんだろうが。 俺の隣に並んで歩く、先ほど店から出てきた女の顔をちらりと見る。高校の頃よりも化粧が濃くなり、肌を多めに露出した格好をしている。こいつと出会った頃はほとんど制服姿しか見ていな かったせいもあって、どこか新鮮だ。ショートカットだった髪も肩あたりまで伸ばし、色も明るくなっていた。 しばらく会っていなかったこいつの顔を見たのは、テレビの画面越しだった。偶然合わせたチャンネルで放送していた、若手恋愛小説家へのインタビュー。 画面の下のほうに表示されていた名前を見て、俺は開いた口がふさがらなかった。 河合真雪。俺が20代半ば過ぎだった頃に出会った、11歳年下の友人。決して男女の関係ではなく、当然だがキスすらしたことがない。手ぐらいは繋いだ記憶はあるが。 「なあ、俺とこんなに堂々と歩いてて大丈夫なのかよ」 「何で?」 「ほら、お前って有名人だろ……テレビにも出てたし、噂とか立ったら」 「そんなこと気にしてるの? 私は芸能人じゃないし、特に仕事に影響が出るとは思わない」 心配をする俺に対して真雪は、平然とそう言って歩き続ける。この度胸、俺が昔から知ってる真雪そのものだ。呆れながらも安心した。仕事の都合でこの町を離れていた数年の間に、すっかり 遠い存在になった気がしていたからだ。 そんな時、真雪のピアスの存在に気付いた。短い鎖の先についた雪の結晶が、光を受けて銀色に輝く。自分の名前に引っかけて買ったのか、それとも誰かからのプレゼントなのか。 こいつはもう20歳だし、そういう相手がいてもおかしくはない。厄介な性格の真雪を、しっかり受け止めてやれるような優しくて頼もしい奴だといい。 「まさかお前が、小説家になるとは思わなかった。文章書くってイメージじゃねえもんな」 「人生、何が起こるか分からないってことで」 雑誌や新聞なら読むが、小説はあまり読まない。これを機会に、こいつが書いた小説くらいは読んでおこうか。どんな文章を書いているのか興味がある。 前から歩いてきた女子高生ふたりの片方が、俺の肩にぶつかってきた。この人混みだし俺は気にしていないが、向こうはこちらの顔を見た途端に青ざめた。そして何度も頭を 下げて謝った後、連れの腕を引いて逃げて行ってしまった。またこのパターンかよ、おい。 ずっと横で見ていた真雪が、遠慮もせずに声を上げて笑った。 「相変わらず顔で誤解されてるんだ、矢野さん。そっちの筋の人っぽいもんね」 「もう少し思いやりのある言い方してくれよ、すげえ傷付いたし」 「矢野さんって確かに顔は怖そうだけど、中身はすごく温かい人だよ。私はちゃんと分かってるから」 何年も前に同じことを真雪から聞いた気がするが、初対面の頃からこいつは俺を外見で判断せずに普通に接してくれていた。それを思い出して、俺は心が軽くなった。 |